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「温かい……由芽はとても、温かいね」
「よかった。このままだと風邪をひいちゃうよ」
「そう、そうして、死んでしまう」
「そんな大げさな」
まじめな声音に、由芽はふふと笑声をこぼす。
「ねえ、猫は元気?」
唐突に放たれた問いに、由芽は首をかしげる。
「え……?飼っていないよ。だって……」
「捨てたの?」
鋭く、冷たいヤコの言葉。
ヤコを抱きしめたまま、由芽は答えられずに押し黙る。
そしてようやく、記憶の底でうごめいていたものの正体が今はっきりと分かった。
幼いころ飼っていた、名前さえ忘れていた黒猫。やんちゃで、手に負えなくて、あの日悲しげに鳴いていた一匹の猫。
「まさか、夜子……?」
「そう。真っ黒で夜みたいだからって、あなたが名付けてくれた」
「嘘……そんなはず……」
「私はずっと、由芽、あなたを想い続けていた。母とはぐれて、もうだめかと思った時、あなたに拾われて。あなたの家は、あなたの腕の中は温かかった。今みたいに。ねえ、どうして、私を捨てたの?」
「そ、それは……」
「寒かった。あの日、どんどん体が冷たくなっていくのを感じた。でもきっと、由芽がまた助けてくれるって、ずっと信じていたの。優しくしてくれたのに。『ずっと一緒にいようね』って言ってくれたのに。どうして、捨てたの?」
夜子は囁くように言って、由芽の背に腕を回したまま、その目を合わせる。
瞳が大きくなる。黄金色に変わって、ギラギラと光る。夜子の目は人間というよりまるで猫のようになっていた。
由芽は思わず夜子から身を離そうとするが、夜子がそれを許さない。
由芽は諦めて、必死に言い繕う。
「だ、だって、仕方がなかったの!家のものは壊すし、壁は傷つけるし、言うことも聞かないし……もっと賢かったらよかったのに!」
「賢かったら……そう、そうね。今の私は、ねえ、賢い、でしょう?」
ゆっくりと、ねっとりと、言葉が紡がれた。耳元にかかる熱い吐息。
夜子は由芽から体を離すと、両手で由芽を押し倒す。金の瞳が輝きを増す。
「夜、子……?」
「大きくなったね、由芽。私はまだ子猫だったのに」
「やめて」
「ずっとずっと、会いたかった」
「お願い……」
「ようやく会えた」
覆いかぶさるような態勢で夜子は一度甘えるように鳴く。
由芽はもはや声も出せなかった。
「これからは、『ずっと一緒にいようね』」
稲妻が空を切り裂いた。
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