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序章
今は昔、極東に一つの島国があった。名を日本と言う。そこでは「武士」と呼ばれる強き者共が、島国全てを自分のものにせんと、旗指し物を背に背負い、己が魂を分身たる刀で斬り結び、妻子を守るため、主君への忠のため、己が欲のためと命の奪い合いが島国のどこでも行われていた。これこそが戦国の世である。
とある戦場があった。両軍の武士の数も質も拮抗し、戦況は太極図を描くように白黒どちらともつかない。最前線では死屍累々と武士の亡骸が転がっていた。強き者であろうと、斬られ倒れてしまえば、何者でもなく「物」も同然、血潮で赤黒く染まった大鎧を纏う置物に過ぎない。赤黒い大鎧から立ち上る芳しくも血腥い臭いを嗅ぎつけた烏が卑しくも戦場の上を旋回する。
そんな反吐が出るような最前線を一人の男が歩いていた。その男、元の色が分からないぐらいに返り血で染まった大鎧を纏い、もう何十人の武士を露と消してきたかも分からないぐらいに血錆で今にも折れそうな太刀を片手に持っていた。大鎧の右肩には一条の矢が刺さり、太刀を持っているだけでも右手に痺れ刺すような痛みが走る。
男の行き先は唯一つ、大将首のみ。最前線の屍山血河を踏みしだいての物見遊山が終わった刹那、二人の精悍な騎馬兵が男に迫りくる。騎馬兵は男の背に立てられた旗指し物を見た瞬間に敵軍だと判断し、流鏑馬の如く矢を放った。
騎馬兵の放った矢が空を切り裂き、男へと迫り来る。矢は男の大鎧を突き破り、肩口へと突き刺さる。その瞬間、男は力尽き膝を突いてその場に倒れ込んでしまった。
騎馬兵は大喜び、男の大鎧などの身ぐるみを剥ごうと騎馬から降り、数回蹴り飛ばし生死を確認する。
「おい、死んでるか?」
一人の騎馬兵が男の口に向かって耳を向けた。生きていれば「すー すー」と言った息の根が聞こえる筈であるが、無い。
「よし、死んでるな」
「首切っとくか」
「今日は何人目だ?」
「へへへ、今日は絶好調だよ。五人目だ」
「お前もやるなぁ」
騎馬兵は男の兜を強引に引っ剥がし、ぽいと投げ捨てた。血と泥に染まった男のうなじが露わになる。
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