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「あばよ、悪く思うなよ」
騎馬兵は男の首に向かって太刀を振り下ろした。その刹那、男はぐるりと首を動かし、自分の首に振り下ろされんとする太刀を見つめていた。その瞳は兎の眼を思わせる程に真紅に輝いているのであった。男は機嫌悪く荒い口を開いた。
「おいおい、少しぐらい昼寝させてくれよ」
男は歯と歯を叩きつけて、火花を起こした、火花に霧状にした唾液を吹き付ける、その口からは瞳以上に赤い炎が放たれた。騎馬兵は全身を炎に包まれ瞬く間に人の形をした炭屑へと姿を変える。
もう一人の騎馬兵は目の前で何が起こったかの理解こそ出来なかったが、無意識に太刀を引き抜き、男に向かって切っ先を構えていた。
男は赤い瞳を騎馬兵に向け、じっと太刀を見つめた。口角を上げながら一言。
「いい刀を使っているな。くれよ」
「な、何を世迷い言を!」
「ここで死ぬんだからもういらないだろう」
「貴様ァ!」
騎馬兵は男に向かって太刀を振り下ろした。男は自らが持っていた太刀を前に構え防ぎにかかるが、これまで何十人も武士を斬り捨ててきた刀故にポキンとあっさり折れてしまった。
「戦場にこんなナマクラ持ってきてるんじゃない!」
騎馬兵が二の太刀を振り下ろした。男は折れた刀をポイと捨て、右手で騎馬兵の太刀を受け止めた。普通ならば右手は体と泣き別れで鮮血の飛沫を上げながら地面に転がるはずである。しかし、そうはならなかった。右手と太刀が打ち合う音はさながら金属音であった。
「なっ!?」
男が大鎧の中に着ていた直垂の袖がスパリと裂ける。その中から見える皮膚は緑色の鱗だった。
「き、貴様…… この腕は……」
男は溜息を吐き、ひょいと太刀を摘んだ。その指先は黒曜石のような真黒いもので、鷲や鷹の鉤爪を思わせるものが付いていた。騎馬兵がその正体を考えようとした刹那、その爪先は喉元に食い込んでいた。騎馬兵は金魚のようにパクパクと口を開き苦しみながら絶命した。
男が爪先を騎馬兵の喉元から引いた刹那、腕は人間のものへと変わっていた。
「いけないいけない、危うく『あっち』に行きかけたよ。気をつけないと」
男は騎馬兵の太刀をブンブンと軽く振る。刃紋の美しさに心奪われ、その場で暫し呆然としていた。
「業物か。こいつにはもういらないね」
すると、騎馬が男に鼻を擦り寄せてきた。おう、よしよし。男は騎馬の鬣を優しく撫でた。
「動物は『わかる』のか。動物の方が人間より賢明だな」
男は騎馬に跨り、遥か遠くに見える敵の本陣に向かって騎馬を疾走らせるのであった。
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