序章

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総大将の命令によって鶴翼の陣の先頭に位置する者達に鉄砲が配布される。 皆に鉄砲が行き届いたことを確認した総大将は軍配を鋒矢の陣に構えた敵兵に向けた。 「放てェッ!」 花火を連続で打ち上げたような激しい音が戦場(いくさば)に響き渡る。戦場(いくさば)は極楽浄土の雲を思わせる硝煙に一気に包まれた。総大将は望遠鏡で鋒矢の陣があった場所をじっと覗き、事の流れを固唾を呑んで見守った。 半刻の四分の一程も無い短い(いとま)が過ぎ、やっと硝煙が晴れてきた。そこにあったのは鋒矢の陣を組んでいた敵兵達が死屍累々と並べられた屍山血河。そこにいた者は皆、大鎧を貫通した鉛玉によって絶命済、運良く生き残った者がいたとしても、鉛玉が体の中に食い込み、鉛玉の持つ毒で死ぬまでの苦しみが与えられる…… ここで死ぬことが出来なかった者は不幸なのかもしれない。 それより半刻後、乱破(らっぱ)より報告が入る。 「報告しますッ! 敵の本陣は大混乱! あの鋒矢の陣での突破の失敗が本陣に動揺を与えた様子! 士気は皆無! 葬式そのもの!」 「フン、あの鋒矢の陣で先陣突破させて士気の向上を狙っておったのか? 愚かしいわ!」 総大将はガハハと大笑いを上げ、今度の(いくさ)の勝ちを確信していた。後は泣きを入れて講和に持ち込んでくるのを待つだけだ。機嫌よく望遠鏡をクルクルと回して倍率を上げ屍山血河を眺めていると、そこに一人の男が立っていることに気が付いた。一人だけ運良く生き残りおったか…… 後は臆し怖れ尻尾を巻いて逃げ帰るが良い。 生き残った男は赤い目を総大将に向けてギロリと睨みつけた。 「飛び道具とは卑怯な手を」と、男が言った瞬間、蒼天の青空であるにも関わらずに何発も何発も雷が落ちてきた。 男は落雷の音に負けないぐらいの叫び声を上げた。すると、見る見るうちに男の姿は龍の姿へと変わっていく。七支刀を思わせる鋭く枝分かれした天を貫き通す角、風になびく金色の鬣、炎のような赤い瞳、葦の茎のように柔らかくも長く靭やかな髭、深く裂けた口の中には全てが犬歯で切り裂くことしか想定してないような牙達、それらから生まれる形相は悪魔も一睨みで逃げ出すもの。蛇のように長い身は天に至る柱。遠目でも見ただけで「硬い」とわかる緑色の鱗。両手両足の漆黒の爪は黄金の美しさを思わせるぐらいにキラキラと輝きを放っている。総大将は望遠鏡越しに人が龍へと姿を変える一部始終を見てしまい、尻餅をつき、腰を抜かし、その場で震え上がった。 「ひひひひひひ人がかかっかかがぁ! 龍へと姿を変えおった! 千変万化の物の怪!」 「殿! 落ちついて下され!」 軍師も遠目ながらに屍山血河の中より龍が顕現するのを目撃していた。本来ならば総大将と同じく臆し震え上がるのが必定であるが、軍師と言う立場である故に足に力を入れ腰を据えて恐怖に耐え冷静を装う。そして総大将に変わり次の命令を叫ぶ。 「大砲構えーッ!」
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