序章

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鶴翼の陣にて鉄砲を構えていた武士(もののふ)達は後退し、後列に待機させていた車輪大砲を前へと押し出し転がした。撃ち出すための大砲の弾を入れようとするが、(いくさ)が始まる前に国友村の鉄砲衆より借りた手引書通りにはいかないもので、装填に手間がかかる。 「邪魔だ」 今回の(いくさ)において、ちょっとした助太刀をするだけだと思っていた鉄砲衆が大砲の装填にかかった。手際は良いもので次々と大砲の装填は成されていく。 「撃てぇ!」 大砲が次々と放たれる。鉄球が弧を描き、龍の体へと直撃する。だが、龍はそれを意に介すことなく鶴翼の陣の前方に固められた大砲の列を眺めていた。 龍が嘶きを上げた。その嘶きは野分の如き風を戦場(いくさば)に巻き起こした。武士(もののふ)も鉄砲衆も嘶きの風に乗りふわりと浮かび上がり地に叩き落され倒れ、鉄砲も大砲も嘶きの風に乗り遥か遠くの山の向こうに吹き飛ばされるか、その場で勢いを持ち倒れるかで使い物にならなくなってしまう。龍に「容赦」の二文字はない、自分の嘶き一回で相手の陣は崩壊し士気も皆無になっているにも関わらずに止めを刺しにかかった。 龍の嘶きは野分の如き風に加え、闇を割く稲妻をいくつも落としにかかった、その稲妻は龍の嘶きに呼応するように次々と敵陣に落ちていく。 この武士(もののふ)も鉄砲衆も、いくつも強者であろうと、所詮は人間。稲妻の直撃を食らえば一瞬で灰燼と帰す。絢爛豪華かつ堅牢性を誇る大鎧であろうと稲妻の前では裸も同然、敵陣には「人だったもの」が黒い(けぶり)を上げて黒雲となり天へと還っていく。 総大将は震える声で軍師に言った。 「講和じゃ! 乱破(らっぱ)に伝えいッ!」 「はい、もう既に」 「これは人同士の(いくさ)ではないッ! 龍神による蹂躙だ!」 一刻の間、龍による蹂躙は続いた。稲妻に打たれ、口から吐き出す炎に焼かれ、龍の巨尾による薙ぎ払い…… などなどなど。やがて、総大将の元に乱破(らっぱ)が帰ってきた。その懐には講和を受けるか否かの(ふみ)が入っている。乱破(らっぱ)は震える手でその(ふみ)の封を開けた。 そこに書かれていた文字は無情そのもの。 死ね これのみであった。我が陣は死屍累々とし、全滅を通り越して壊滅状態。 「無念…… か……」 総大将は死の覚悟を決め、腹を切ろうと腰より大小の小を取り出し構えた。 「誰か、介錯を頼む!」と、総大将は叫ぶが、回りには誰もいない。脱兎の如く逃げ出したのである。自分には忠を尽くす部下もいないのか、いたとしても今は灰燼と帰しているだろう。
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