第四章 龍と人

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家康がそれを見て恐怖で震え上がっていると、忠勝が慌てて天守閣廻縁へと駆け上り現れた。 「と、殿! な、何故にこのようなところに!」 家康は震える足を止めるために何度か腿を殴りつける。そして、震えが止めきれずに歯をガチガチとさせながら忠勝の問いに応えた。 「籠城戦をしておるのだ。総大将が籠城戦で天守閣におらず何が総大将か」 すると、伝書鳩が一羽廻縁へと止まった。家康は足筒より紙を取り出し黙って読み込む。 「殿?」 「平八、見ておったか? 先程の炎」 「はっ! 窓の向こうより少し見ただけでありますが……」 「あの一吐きで大砲五十門、投石機(かたぱると)二十基が破壊、壁も「い」から「と」までの七枚の壁が全て溶岩のように溶けて無くなってしもうた。兵も壁の上に待機させていた百人が消息不明、骨の欠片すらも残さぬぐらいに溶かされたろうな。我々が行う人同士の(いくさ)でこれだけの損害を与えるためにどれだけかかると思うてか」 「……逃げましょう。平川門に早駕籠を用意させています」 「逃げてどうするのだ?」 「とりあえず、駿府か尾張に逃げて体勢を整えるのです」 龍は更に炎を吐き出した。今度は唾を収束して吐き出しているために熱線の形となる。熱線は内海と江戸全体を隔てる塀を全て薙ぎ払うように放たれた。一刻の百分の一にも満たない程(約三秒)で徳川家康が何年も何年もかけて江戸の街に建てた塀が崩壊したのである。 「平八、我の十数年が瞬く間に消えてしもうたぞ。怖すぎて逆に笑えてはこぬか?」 「笑えませぬ」 「まあよい、平八。ここは危ないぞ、早く逃げるのだな。待たせてある早駕籠にも早く江戸から出るように言うがよかろう」 「と…… 殿は……」 「最後までここに残り、あの龍と戦う」 「なりませぬ! 一緒にお逃げ下さいませ!」 塀が崩壊することにより江戸の民は龍の姿を見ることになった。江戸の民達はその一目だけで大恐慌、我先に我先にと蜘蛛の子を散らすように江戸の街から逃げ出しにかかるのであった。 龍は目線を下げて自らの真下に広がる内海の海面を眺めた。内海の海面に建ち並ぶのは水磔(すいたく)の列・列・列! 江戸の街でも隠れデウス教徒に対する激しい弾圧は行われていたのだった。家康も毎日のように望遠鏡で内海を眺めていたために知っていることで「やりすぎではないか」と家臣を諌めたのだが、奴隷として外つ国に売られた日本人の数が天下泰平の世を迎えても数万人を超えると報告を受け『非は宣教師(奴隷商人)にもある』と弾圧を半ば黙認するに至ったのだった。 龍の目に水磔にて命を散らした者達の姿が入る。悪質な宣教師はともかくとして、何故に全量なるデウス教徒までここまで酷い目に遭わねばならぬだ。その怒りの震えが体中を行き渡り、江戸一円に響き渡る程の嘶きを上げる。その嘶きは内海に激しい波を起こし水磔になっていた者達を海へと呑み込み沖へと流す、それはまるで「水葬」のようであった。 龍の嘶きは止むことはない。嘶きによって江戸に激しい風が吹き荒れ、旋風(つむじかぜ)となり渦巻く形となり、巨大な竜巻をいくつも生み出した、巨大な竜巻は江戸の街に居並ぶ建築物や人々をその身に乗せて巻き上げ吹き飛ばして行く。 家康はそれを眺め、ガクリと肩を落とした。
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