第四章 龍と人

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「者共! 拘束! 拘束せいッ!」 迅速たる動きで木の杭と注連縄が運ばれてくる。武士(もののふ)達は木の杭を龍の両手両足に突き刺す、長い縄に木の杭を結び、立てて持ち上げての大作業! 一本につき武士(もののふ)を何十人に使う大作業である。尖った杭を刺した掌や足の甲に刺すだけで真白い血が溢れ出す。 「あの血は毒だ! 決して触れることなかれ! 特に傷口に入れることはならん!」 天守閣の廻縁にて全てを見ていた忠勝は万歳三唱で喜びを上げていた。 「殿! まさか全てはこの日の為に!?」 「神のような者と(いくさ)をするのだ。大阪城も江戸城も彼奴と戦うことを想定して作った都だ。金山より硝石を集めていたのも全てはこの日のため」 「殿……」 「まだ勝ったわけではないぞ。(いくさ)の勝ち負けと言うのは…… 分かっておるな?」 「総大将の降参、若しくは、総大将の首を刎ねること」 「あの者に降参はない。この日本には置いてはならぬ人ならぬ者」 武士(もののふ)に呼ばれ、大鋸を携えた(きこり)が現れた、目の前に横たわる龍を見て怖気付きながら武士(もののふ)に業務内容を尋ねる。 「よいか、(きこり)よ。この龍の首を切り落とすのだ」 「そ、そんな…… 神殺しなんてとんでもねえだ」 「人に仇なすものよ! 荒ぶる神と人は一緒にはいられん! 巨木を切るよりも難く畏れ多いことではあるが頑張ってくれ! 首を切り落とした暁には一族郎党の栄華を徳川家の名において約束しようぞ!」 (きこり)二人は龍の首に大鋸の刃を当て動かした。鱗が鋸の刃で削れ、白い血が溢れ出た瞬間、龍は閉じていた目を開け、鼻先にいた武士(もののふ)を真紅の瞳で睨みつけた。 (きこり)は僅かに動いた首に臆し、逃げ出そうとするが、武士(もののふ)の一喝によって止められてしまう。 「狼狽えるな! そのまま息絶えるまで鋸を動かすのだ!」 龍は両手両足に刺さった木の杭を抜こうと手を持ち上げようとするのだが、体中に巻かれた注連縄から痺れが走り手を動かすことが叶わない。 この注連縄であるが、杭だけでの拘束に不安を覚えた家康が、不本意ながらも神仏に通じる陰陽師に相談し「あのような荒ぶる神は注連縄で巻けば拘束が可能で御座います」と助言を受けたことで実行された拘束手段の二の矢である。 いつの間にか、束帯姿の陰陽師達が龍の周りを囲んでいた。急々如律令と唱えながら手刀で印を結ぶことで注連縄の拘束力は増して行く。その中の一人、泉州堺の港町より招かれた陰陽師は訝しげな表情を浮かべながら印を結んでいた。この男、臥龍丸が泉州堺を訪れた際に世話をしてくれた者である。 「まさか、このような荒ぶる龍神となるとは」 (きこり)は大鋸を一所懸命に動かすが、急に刃が重くなった。刃が鱗の硬さで零れ落ち始めたのである。 その刹那、龍は嘶きを上げた。 「フン、流石に首を切り裂かれるともなれば痛みを覚えようか。(きこり)よ! 構わぬ! そのまま一気に首を刎ねよ! 一族郎党の栄華は目の前であるぞ!」 龍は目を閉じた。首に刃が入りついに力尽きたかと武士(もののふ)は此度の(いくさ)の勝利を確信した。しかし「勝って兜の緒を締めよ」と家康は常日頃から言う、首を完全に切り落とすまでは油断は出来ないと緊張の糸を切らずに龍の鼻先をじっと見つめるのであった。
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