第四章 龍と人

12/14
前へ
/64ページ
次へ
「うわっ!」 一人の(きこり)が悲鳴を上げた。大鋸を入れた傷口より飛沫のように溢れ出た白い血を浴びてしまったのである。口から血が入り、目にも染み込み、普段の山仕事で蚊に刺され僅かに掻きむしった傷跡より血が体の中に入ってしまった。樵の全身を白い血が巡り渡る。樵は体の中に数多くの珍蟲奇虫蟲が這い回るような激しい異物感を覚えながらその場に倒れ込んでしまった。 「莫迦者、あれほど気をつけろと言ったのに!」 しかし、もう手遅れ。樵はそのまま地面でのたうち回りその生命を散らしてしまった。もう一人の(きこり)がそれを見て臆してしまい、大鋸の柄を握る手を放し、一目散に逃げ出してしまう。 「ひぃ…… オイラはもう嫌だぁああああああーッ!」 この兵六玉が…… 武士(もののふ)は呆れたように大鋸での首刎ねの続きを行うために大鋸の柄を握ろうとすると、もう既に首の傷口が塞がっていることに気がついた。 傷口が塞がる能力(ちから)も我々人間とは段違いと言うことか、そのまま急いで首を切り落とさねば! と、武士(もののふ)が考えた瞬間にはもう手遅れ、鞭のように靭やかに動く龍の髭に腹を貫かれてしまった。 「な!?」と、武士(もののふ)が驚く頃には意識を失い絶命してしまっていた。陰陽師達もこれは厄介だとして印を結ぶ力に気合を入れ、注連縄の拘束を強くする。 龍は嘶きを上げた、すると、雲ひとつ無い蒼穹にも関わらずに数多の雷が陰陽師に向かって落ちてきた。陰陽師がいた場所には何も残らず煙が立ち昇るばかり。臥龍丸を世話したあの陰陽師も稲妻に打たれ「死んだ」と感じる間もなく鬼籍に名を刻んだ。 印を切る陰陽師がいなくなり、注連縄の拘束が解呪された。龍は鎌首を擡げ立ち上がり、尻尾で辺りを数回薙ぎ払った。その薙ぎ払いで紀尾井坂に配置されていた武士(もののふ)は八割を失ってしまった。後の二割は家康にことの次第を書いた伝書鳩を飛ばした後に一目散に逃げ出すも、追撃の熱線と嘶きにより発生した竜巻に巻き込まれ全滅に至ってしまった。 龍は何事もなかったかのように江戸城天守閣に向かって宙を泳ぎ始めた。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加