序章:魔境に住む者

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序章:魔境に住む者

魔の森の奥地は常に薄暗く、深い緑に包まれている。 背の高い樹木が犇めくように立つ合間には、湧水が複数あちこちに… その水は澄んでいたが、魚一匹いない。 足場も悪く、魔族達は水を必要としていない為に、飲み水としても使われていない。 湧き出た水は溢れ、徐々に小川となり、僅かな段差で下流へと向かっていく。 水が流れる音だけが響く。 静かな森の奥地は人間にとって魔境かもしれないが、美しかった。 太陽は大きな樹木の葉や枝に遮られ、隙間からの差し込みが光の筋となり僅かに差し込む。 道なき道の奥には大きな湧水が溜まり、澄んだ水が泉のように広がる。 数ヵ所は昼間は太陽を映し、夜は月を映し出す。 そんな夜の森。 暗闇でも僅かな月の光が差し込む泉の中に、悠々と水浴びをしている者が居た。 長い髪が月の光を反射して少し光が煌めく。 水面は同じく煌めいていた。 そんな中で水浴びをする者のシルエットは丸で人間のような形をして居た。 けれどシルエットの中、人には決してない黒い大きな翼が広がった。 大きな漆黒の翼、そして漆黒の長い髪。 水が月光を反射し煌めく、その姿は見る者全てを魅了してしまいそうな程。 整った顔立ちをする美貌。 その姿は普通に見るだけならば美しい。 長い髪、人間のような姿形、背には闇と同じ漆黒の翼。 そして瞳は髪と同じく漆黒。 翼の汚れが落ちると水浴びを済ませた。 面長な顔立ちの右半面には幾何学的な模様が青く浮かび、僅かに青く光った。 それと同時に突風が生じ、身体から水滴を全てを弾き飛ばす。 「ふぅ。 たまには翼を思いっきり広げるのも悪くないな。」 誰に言うでもない。 大きく背伸びをしながら翼を大きく広げた。 けれど、すぐ翼を納めた。 その翼が傷付かないようにする為だ。 人間には不可能な跳躍で木の上へと飛び、蹴り上がる。 かなり高さ、木の上に茂る草の葉へ寝転がりながら空を眺めた。 辺りには何の気配もなく静かに星空を。 見ながらも、また溜息を出した。 「あぁ… 退屈だ…」 この者こそ、誰もが恐れ『魔王』と呼ばれて居る者だった。 他の魔物、何種類かの獣を使って造った服を纏う。 翼を納めてると丸で人間のような容姿。 それが魔王にとって大きなコンプレックスでもあった。 仰向けに寝転がり空へ浮かぶ月を眺める。 「どれだけ経っても月は、いつも同じだな…」 翼を改めて手入れをしてからと魔王も眠りに就く。 魔王の眠りを含め側に近付く者。 邪魔をする者も居ない静かな夜でもある。 静かな一人の夜を過ごす。 魔王にとっては、いつ頃からか… 当たり前の事だった。 ************************** 次の日。 朝日を浴びて目が覚めた。 かなり高い木の上だった事でと。 葉の合間から零れる日差しが直に差し込んだのもある。 太陽が酷く眩しい。 大きく伸びをして翼で顔を埋めて、また寝ようとした時。 いつもと何か違う『気配』を。 『魔の森』で『入り口』にと感じ取った。 (何だ?) 目で見えない距離だと、すぐに察した。 瞼を閉じて聴覚の感度を一気に上げる。 駆け抜けるよう遠くの様子を一気に意図する。 そして読み取ろうと閉じた瞼の裏に映るのは魔物の大群だった。 どうやら低俗な魔物が騒いでいるように思えた。 けれど、いつもとは違う違和感に疑問が出た。 (また人間が迷い込んだりしてるのか? だが、この『魔の森』へ。 意図して入ってくる人間は少ない。 間違って迷い込むにしても、それは夜だろう?) にも関わらず。 こんな朝から騒ぎになっているのが解せなかった。 更に神経を集中する。 次第にハッキリと異なる事に気付いた。 それは人間の数が異常に多い事だった。 低俗の魔物が、どんどん群がり集まっていく様子が感じ取れた。 そして理由すら簡単だが、それは更なる魔物を呼ぶ。 低俗や下級を狩ろうと無数に散らばっている魔物達が少しずつ増えていく様子だった。 僅かに怪訝な表情をしてから瞳を開き立ち上がる。 『魔の森』、入り口周辺の方へ視線を向けた。 勿論、視線を向けたところで見える距離ではない。 だが人間が大量に来る事。 まず、あり得ない一番の疑問だった。 しばらく考えながらも魔王は太陽を見上げた。 「どうせ… やる事も無いしな。」 眩しい太陽を見上げ呟いた後、また大きな溜息を出す。 「久しぶりに運動でもしたら気が晴れるか…?」 苦笑いをしながら言い切る前。 魔王は寝床に使っていた木から一気に下へ飛び降りた。 その高さは約300メートル。 人間なら即死であるが魔王は軽く木を蹴りながら地面の方へと降下した。 降り切る地面の前でもある50メートルぐらいの部分を。 地面に足を付ける事なく、木々を蹴って『魔の森』の入り口へ。 騒ぎが起きているであろう場所へと猛スピードで向かって行った。 森の木々の中を 途轍(とてつ)もないスピードで移動する。 丸で木々のない場所を飛んでるような感覚でもある。 他の魔物との遭遇があっても不思議ではなかったが、流石に『魔の森』入り口周辺に居る低俗供とは違う。 知恵のある高位な魔物や魔族達は、そもそも… 魔王が寝床に使って居た木の周辺にすらもだった。 昨晩から居なかった為、全く出会う事もない。 広大な『魔の森』を猛烈な勢いで騒ぎになっている場所へと向かう魔王に対して… 他の中級な魔族達すら何事かと更なる興味を示したが。 それでも『魔王』に一切、近付こうなど考える者すら決して居なかった。 簡単過ぎる理由でもある。 なぜならば魔族の中では自殺行為に等しい行動なのだから…
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