第一章:暇潰しの殺戮

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第一章:暇潰しの殺戮

広大な『魔の森』を猛烈な勢いで、騒ぎになっている場所へと向かう。 魔王が森での騒ぎ、その中心へと向かう途中にだった。 既に血の臭いを嗅ぎ取った。 (これは人間の血だな。) 人間の血の臭い、それがまだ少し遠い。 『魔の森』の入り口から少し入った場所の様子にも思えた。 魔王は若干スピードを落としながら進む。 けれど目的の場所まで、それでも一気に向かって行った。 魔王にとって恐れなどすらないからでもある。 それ程の『力量』があるからこそだった。 特に名乗った訳でもなく勝手に『魔王』とまで呼ばれる存在。 人間の血の臭いと無数の魔物の群れへと向かって行く魔王。 全く恐れも存在しない。 だからこそ、一直線に向かって行く。 スピードを緩めたのは、それだけ既に速過ぎるだけだった。 (到着まで残り僅かだな。) でも魔王は気付いた。 餌に殺到していた数だった。 それが今から向かって来るであろう『魔王の気配』を。 察知した様子でと中級程度の魔物から徐々に数を減って気配も消そうとする。 「チッ…」 その様子にも気付いたからこそ… 魔王は苛立ちすら隠さず舌打ちした。 ************************** そして『魔の森』の入り口周辺、目的の場所に到着した。 それすらも数分程度。 魔王がその場に来た瞬間。 今まであっただろう騒がしさすらも、すぐ静まった。 ただ残って『食事』をしてたであろう魔物達を簡単に見渡す。 そんな魔物達は、また『魔王の存在』に気付いて全ての動きを止めたのだ。 随分、多く居たであろう人間は… 殆ど死んでおり、五体満足な者は一見するだけでは見当たらない。 だから人間の数は、数えられなかった。 もう、どれがどれだか判らない状態でもある。 少し前では、きっと人間達が阿鼻叫喚の図で殺されていたであろう現場。 既に血の臭いだけを醸し出したまま、音だけがなくなった。 残っている魔物は単純な理由。 そう、食事に夢中だった為… 近付いて来た『魔王の存在』に気付けなかっただけだった。 ここまで来る時に減ってく魔物達も気付いても居る魔王でもある。 魔王は『魔力』だけでもなく『知能』すらも圧倒的にあるからこそ判る。 近付く『魔王の存在』に気付いた者は食事を止め逃げた様子だったが。 それでも、この場には半数程度は残って居た。 (まぁ、数は居るか。 だが…) 今まで夢中だった食事の手だか足だかを止め、彼らは『魔王』を見る。 外見は今さっきまで襲って食べていた人間と余り変わらないであろう姿を見てもだ。 彼らは、すぐ悟った。 圧倒的な『力の差』を。 逆に己の身にある『危険』を。 逃げ遅れた彼らは立ち向かっても殺されるだけ… そして逃げる事も許されるように思えない為、動けないだけ… 僅かな間があって魔王は、その状況が『不愉快』に感じた。 それは無惨な人間の残骸のせいではない。 自分に向けられる、低級な魔物達の様子にだった。 それは、ただの『恐怖』だけ。 こちらが何をした訳でもないにも関わらず向けてくる恐れ。 チリチリとした、絡み付く嫌な感覚がだ。 どうにも魔王の神経を逆撫でる。 その苛立ちを形にする方法を。 魔王は『一つ』しか知らなかった。 ************************** 魔王は一番側に居た魔物に掌を向けた。 低級な魔物達は、それでも一切まだ動けずに居た。 そのまま魔王は一気に出した。 魔力の塊、魔弾を。 そこに居た魔物に軽く当てると一瞬の火炎が魔物を包んだ刹那。 ただの灰となる。 魔王も同じ… 同族の『魔力を糧』とし、食事にしてるが。 魔族とはいえ魔王は『魔力吸収』もしなかった。 醜い魔物達が美味しそうとも一切、思えなかったでもある。 (こんな魔物など… 寧ろ胸焼けがしそうだ。 とんでもない。) その一瞬で灰になった粉が僅かな風でパラパラと乾いた音を立てながら消える。 ようやく、そこで動けずに居た魔物達が一斉に逃げ始めた。 何十もの魔物が一斉にパニックを起こしたよう逃げてく姿を見た。 不敵な笑みを魔王は浮かべた。 (逃げれるのなら、逃げてみるが良い。 どうせなら逃げ切れるぐらいのが居た方が面白みがあるものだがなぁ。) 魔王の身体からや顔に、いくつもの青い幾何学文様が浮かび上がった。 凄まじい魔力の放出に反応する。 そして同時に、顔や手にも幾何学的な紋様が浮かび上がる。 これすら『魔力の壮絶さ』を示している。 魔王の放った『魔力の塊』が頭上へ大量の円形を描き、宙に浮かぶ。 それを一気に逃げる魔物へと解き放った。 それは魔王にとっては簡単でもある。 青い魔弾を。 だが、それでも本気にすらなってもいない。 これは微かな魔力にも反応し、追撃もする。 魔王の『魔力のみ』で出来た攻撃だった。 (まぁ、避けられないだろうがな。) そう思いながらも出した術式である。 (弱く、醜い。 ならば少しは退屈凌ぎにしてやろうか?) だが、あっという間に終わった。 さっき灰になった魔物と同じ全てが命中したようだった。 一瞬の炎が上がる様子になると、どの魔物も灰になって散った。 数分の出来事で周りは魔王が来た時と同じ、静けさに包まれた。 魔王が来る前に逃げた魔物達は懸命だったのだ。 魔王が来て、たった数分にも関わらず… 全ての魔物は散ったのだから。 落胆を隠さずに小さく誰にでもなく呟いた。 「つまらない。」 (少しでも美しい魔物が居たなら氷で固めても良かったが。) 醜いなど散らせるのが一番である。 ただ魔王は首を振って思うだけだった。 (これは退屈凌ぎにもならなかった…) また大きな溜息を出した。 そこで改めて人間の死骸を見た。 どれだけの人数が居たのか判らないが、かなり居たのだろう。 但し、死骸というよりは残骸だった事で、やはり数は不明でもある。 (これだけの数、人間が? なぜ、『魔の森』に入って来たのだろうか…) それに関しては相変わらず興味があった。 だが、最早それに答えられる者も、この場には居合わせないだろう事。 残念だったが去ろうとした時。 魔王は一瞬、聞こえた僅かな音を聞き逃さなかった。 茂みからだが何かが擦れた音。 本当に僅かだが聞こえた事にだった。 逃した魔物は居なかった筈にも関わらず。 自分が気付けなかったのに驚く。 (俺が気付けなかっただと!?) すぐ音が聞こえた茂みへと飛んだ。 距離にして30メートル程度。 そして茂みにいたものを確認した瞬間。 更に魔王は驚く事となる。 (これは!?) そう… その場に居たのは『人間の娘』だったからだ。 また魔王も切り替えて、すぐ良く観察した。 怪我がない訳でもないだろうが。 全て致命傷では、ないものばかり。 けれど娘は全身血まみれだった事にも気付く。 (なるほど。 この血まみれだったから… 娘自身の臭いを消し、人間の死骸の臭いへと紛れ込んで居たからか。) そのまま冷静に魔王も考える。 (しかも、さっき出した術は『魔弾』だ。 僅かだろうが、魔力に反応しての攻撃だからこその生き残り…) 娘は魔王が目の前に立っても全く逃げようともしなかった。 理由にも魔王の方が先に気付いた。 (この娘、目が見えてない?) 恐らく魔物の血を目に浴びたか、何かしたのだろう。 一時的に目が見えていない状態だと判断も出来た。 だからこそ娘は何が起こったのか判らない。 その不安と恐怖から声も出してない。 (必死に恐怖から堪えていた様子だが。 身体の震えが、僅かに茂みを揺らしてしまったのだろう。) それぐらいならば予測も出来た。 だが、少なくとも気配で魔王が側に来た事。 その存在には気付いているだろう事。 娘からすれば、それが魔物なのか、人間なのか、判らない事。 それも、また『恐怖』だろうが。 さっきまでの魔物達が魔王に対して出していたもの。 全く『違う』事にも気付く。 そして当たり前に思えた。 (人間には俺もだが、圧倒的な『魔力』など判らない。 魔力の感知する能力を持って居る人間は稀だと聞いた事すらある。 まして目も見えない娘にとって今は… 人間も魔物も同じか。 何も判らない状態だろうな。) そこにある恐怖は『未知への恐怖』なのだから… 魔王は人間と関わった事も多少しかないが… 今まで少なくても数百年以上生きている為、一応の『知識』はある。 (もう何十年以上前かも覚えていないが。) しばらく魔王も考える。 良い案すら浮かばず沈黙して居ると、娘が今にも消えそうな声で何かを言ってきた。 「だ、れ…?」 流石の魔王も、それに対して困惑した。 (何を言った? 何を答えれば良い…?) それでも殺すと言う選択肢は、ない。 人間を殺して食べる魔物や魔族は所詮、低級だけなのだ。 人間と関わる事も殆どなく、また魔族の中でも関わる者も居ない。 魔王も考えるが、そんな沈黙の中で娘は気を失ったように崩れ倒れた。 ただ、それも見ては居たが普段のように呟く。 「人間の… 娘か…」 (ここに置いて居ると…) 魔王は娘を抱えた。 そして『森の奥』へと運び込む為に動いた。 この時、魔王は興味本位。 特に理由もなかった。 単純に、その場に残す選択が無かっただけでもある。 (わざわざ、俺がここまで来たのに… こんな、つまらないだけか? ならば、この娘。 置いて居ると餌になるだけだな。) それだけは判る為、魔王は娘を連れて『魔の森』の奥へ。 更にと運び込むだけでしかなかった。
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