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嘘から始まる勘違い
作業を終え、娘の寝て居る場所へ戻った時。
すぐ魔王は気付いた。
娘の周りを見ると、やはり他の魔物や魔族が来て居た事が判る。
それは『結界の周り』にある、無数の痕跡だった。
だが『結界が強かった為』に手が出せなかったのみ。
(俺が居なくなる瞬間を、狙っていたか。)
『強化結界』に歯が立たなかった為、諦めただけだろう事。
魔王は辺りを、また見渡して気配も探る。
既に魔王が近付く気配で逃げた事にも…
若干、くだらない事にと苛立つ。
(やはり近付いて来たな。
当たり前だが。)
ある程度、魔王は準備したが未だに娘は起きなかった。
そのまま見ているだけでも退屈なだけでもある。
話しかけようとしてから若干、魔王は動きを止めた。
人間の言葉は確か国によって若干、異なると聞いたことを思い出した事だ。
娘がどこの国なのか、または、どの言葉ならば通じるのか判らない。
そして当たり前だが、人間が魔族の言葉が判るとは考え難かった。
若干また考える。
魔王は指先に青白い光を放つと娘の額に翳した。
難しくもない『通訳魔法』のようなものだった。
こちらの言葉を、相手が判り易く変換するものだ。
(これならば、どこの国だろうが、意思の疎通は出来るか。)
今まで使った事もあったが、もう前に、いつ使ったのかも覚えていない。
この魔法は中級魔族は良く人間を騙すのに使う。
だから知られているのも多い。
額に青白い光を放つ。
娘の額には幾何学的な文字が一瞬に左から右へと浮かび。
すぐ消えていった。
それを見てから改めて娘に向かい声を放つ。
「おい。
おい、起きろ。」
娘の顔をいつまでも見ているよりも、とにかく意識を戻してくれる方が良い。
軽く娘に触れながら声をかけた。
「……ん。」
(起きたか?
さて、どこまで騙せるだろうか?)
「…?
ここ…?」
娘は若干、キョロキョロと周りを見渡すが…
目が見えない事を思い出した様子で下を向いた。
「なぁ、お前。
何であんな場所で倒れてたんだ?」
「え?」
「だから、お前は誰だ?
何があったんだ?」
「あ、えっと。
あなたは…?」
お互いの会話が疑問の投げかけなので余り成り立っていない。
魔王はここで、そのまま自分が名乗っても仕方がない事にも判っているが。
更に娘の方も目が見えない事も判ってる。
若干、考えたが別に気にする事でもないと。
適当な嘘を言った。
「俺は森の近くに来ていた旅人だ。」
娘の方はそれで若干、安心した様子だが特に気にもせず。
そのまま魔王は様子を『観察』する。
「旅人さんですか。
あの、私の他には…」
言葉を最後まで言えず、俯きながら。
でも答えは判ってるように聞いてくる。
そこには魔王も『事実のみ』を言った。
「残念だが。
お前しか、居なかった。」
「そう…
私だけが、生きて、いるの…」
魔王も観察はする。
(これは落胆と絶望だろうか?
そんな感情を押し殺しているのか?)
娘は若干、震えるように身体を自分で抱え込んだ。
「お前が血まみれで倒れてるのを見つけた。
取り敢えず安全な領域まで森の外には来ただけだが…
全員、魔物に?」
(目が見えないという事は、ここが森の奥だと言う事は判らんだろう。)
また魔王は嘘を言う。
「えぇ、多分…
私と一緒に、来てたけれど。
今も、目が見えないし…」
声が震えている様子を観察する。
思い出しながら娘は話を続けた。
「悲鳴が、たくさん聞こえて、生暖かい物がかかってきて…
私も捕まったけれど…」
そこで娘は考え込んでしまった。
どういう状況だったか、理解しようとしてるのだろう。
「けれど…?」
「あ、いえ…
判らないの。
多分、私も魔物?
捕まったように?
思うのだけど…
でも、なぜか魔物は…
一瞬、動きを止めたの。
そして私を投げ捨てたようだった?
そこからは、もっと判らない。
音がなくなるまで動けなかった。」
(なるほど。
俺が来るのを察知した魔物が放り出して逃げたのか。)
魔王はその場の状況は想像が出来た。
「それで、お前は?
なぜ『魔の森』に来たんだ?
お前みたいな娘は、魔物の格好の餌だろう?」
「そう、なのかな?
よく、判ってないけど…」
(どうも、この娘、雰囲気が変だな。
なぜ、魔族の多い『魔の森』に入って来ておきながら判らない?)
「判らないとは、どう言う意味だ?」
「うん、何だか判らないけど。
一応、どこかの偉い人なのかな?
レーシェルさんに言われて。
そのまま移動して居ただけだから…」
魔王の方が、また謎でもある。
(人間が何かしたのか?
だが、この娘、他とも違うか?)
「つまり、判らない場所に連れて来られたと?」
「えっと、まぁ、簡単に言えばだけど。
そうかな?」
俺は正直に呆れた。
(魔族は、残忍で非情だと思っていたが。
人間も、なかなか酷な事をするものだな。
どこでも、どんな種族でも似たようなものなのか?)
俺は小さく溜息を出した。
(だが、生き残りが居たのも奇跡的か?
俺が偶然、暇潰しに来ただけ。
それで助かっただけか。)
「まぁ、取り敢えず、生き残れた事は幸運だろうが。
お前の名前は?」
「神楽、美雪です。」
魔王には人間の名前は判らないが、不思議な響きだった。
「カグラ・ミユキ?」
「えっと、姓が神楽だから。
名前は、美雪には、なるかな?」
(セイ?
国の中にある家名か何かか?
まぁ、気にする事もないな。)
「判った、ミユキと呼ぼう。」
「あ、あの、旅人さんは…」
魔王はそれを遮るように言った。
「ミユキ、その前にする事がある。」
「え?」
(俺の名前などは、どうでも良い。
その前に、どうにかするしかないな。)
「取り敢えず、小川まで連れて行くから身体を洗え。」
「え?
でも…」
(目が見えないから…
これは、どうしようもないか。)
そう…
魔王からしても娘が汚れ過ぎている事と。
他の低俗な魔族の血まみれなのが邪魔だっただけの事。
そのままミユキを抱きかかえて、作った小川の方に向かうのだった。
************************
小川の側に行くと音が聞こえたからだろう。
ミユキも若干、困惑はしていても何かに気付いた様子はあった。
「取り敢えず、目が見えないだろうが浅い。
手で判る範囲で身体を洗え。
後、これに着替えろ。」
強奪にも近いが、奪った荷馬車から服も渡す。
ミユキは座ると、そのまま手だけで小川を確認するが。
どうにも不思議な仕草をする。
「汚れが取れるように、洗えば良いだろう?」
「あ、えっと、あの。
でも、旅人さんは、声だけしか判らないけど…」
そこで魔王も思い出す。
(人間は確か男女の関係が強いのだったか?
余り感覚が判らないが。)
「俺は後ろを向いている。
その間で良い、俺がするよりはマシだろ?」
「あ、え、はい…」
(別に構わないがな。
他の魔族の警戒の方が先かも知れん。)
そのまま一応、後ろを向いた俺は座り、耳と感覚だけを研ぎ澄ます。
魔物の気配、中級魔族すらも一切、居ない…
そうしてると水音だけが聞こえた。
見ようと思えば簡単なのだが、そこまでの興味は湧かず。
ただ魔物や魔族の気配にだけ集中して後ろを向いていた。
(人間の女には何度も拐かす事も昔したが…
どうも、そんな気にもならない。
子供だからか?)
不思議ではあったが、それすら余り判らない魔王ではあった。
水から上がるような音、衣の擦れる音がして、声がかかる。
「あの、もう大丈夫です。」
俺は振り返る。
そこで再び、ミユキの姿に動揺するとは思ってなかった。
今まで血まみれでボロボロだった為に『容姿』がハッキリしてなかった。
振り返ると、そこには予想外な姿が目に入った。
色白で華奢な身体、細い手足。
けれど予想していたよりも『子供』でもなかった事だ。
それと肩にかかりそうな長さの髪、その色は漆黒。
幼さが若干残る顔立ち。
目は見えていないだろうが、瞳の色も漆黒だった事に驚いた。
人間はそれなりに見てきた魔王も…
漆黒の髪と瞳の人間は見た事がなかった。
(俺と同じ、漆黒だと?
魔族でもなく、『人間では見た事』がないが。
まさか髪も、瞳の色まで、同じ漆黒とは…)
ついでに言うならば水を良く拭かず、急いでいたのか。
髪から水滴が滴る。
良く見ると服も着崩れていた。
「あぁ、ミユキは…
意外と綺麗だったんだな。」
素直な感想だが、失礼な返答にミユキが苦笑する。
「女の子に向かって少し酷いですよ?
旅人さん。」
「いや。
その髪の色は、珍しい。
俺すら初めて見た。」
魔王は普通に近付いても逃げないミユキの理由も判ってたが。
もう、それも仕方がないと思いながら頭にタオルを乗せる。
髪を雑にワシワシ拭く。
「わぁっ!?
旅人さん?」
「水が滴ってる。
ちゃんと拭け、それと…」
着崩れた服を直す為、いきなり袖や上着を引っ張る。
「ひゃぁっ!?」
「着崩れてるぞ。
そんなに急がず、ゆっくり着れば良いものを。」
ミユキの顔が真っ赤になるのを。
魔王は観察もあるが見てた。
「だって…
余り見えないし…」
服を直しながら魔王も頭を拭いてるとだった。
急にミユキは若干、笑い出した。
全く判らない魔王は、そのまま言う。
「何だ、急に?」
「いえ、だって。
旅人さんが、ちょっと?
お母さんみたい…」
それを魔王は聞いてだった。
(性別すら間違ってる上に、それは…
どうなんだ!?
そもそも俺が、わざわざしてるのに…)
「ミユキ…
随分な言い草だな?
そもそも俺がする必要すらないが、仕方がないだろう。」
(大体、魔族の俺が人間になど当たり前だが。
俺は興味すらなかった事。
だから『子供』なども居ない。)
髪を拭きながらミユキに些細な疑問を尋ねた。
「ミユキは、いくつだ?」
「えっ?
私ですか?
えっと、私は今年で18歳です。」
「…
……
…18か。」
何も変わらず素直にミユキも答える様子にもだが…
(それだと子供より、それ以下か?
もう俺は数百年も生きてるのだが。
なぜか複雑な気分になるか?
この感覚すら判らん。)
「旅人さんは、いくつですか?」
若干、笑いながらも聞いてきた。
(流石に本当の歳など言えん!!)
「確か、20ぐらいだ。」
「確か?」
そう言って首を傾げるミユキを見た。
「いつ生まれたか。
知らないから判らないだけだ。
一応、見た目は、それぐらいだろう。」
「…」
魔王は全く気にしてない事でもある。
だが、ミユキが不思議な様子もしたのに疑問にはなる。
「どうした?」
「いえ、旅人さんは…
ずっと『一人』なのかなと。」
「そうだな。
ずっと『一人』だ。」
その答えにミユキは何も言わなかった。
(まぁ、特に気にした事もない。
俺も観察を始めたばかりだ。)
そう簡単に魔王も判断は出来た。
「もう良いだろう。
家の中は何もないが入ろう。」
家の方へミユキの手を取ってから向かおうとした時。
急にだった。
「旅人さん!!」
手を取る前にミユキから抱き付かれたので驚きはしたが。
それでも人間の力など圧倒的に弱い…
更に、そのままでミユキが笑って俺に言ってきた。
「助けてくれて、ありがとうございます!!」
(これには…
俺は何と言えば良い?
別に意図して助けた訳でもなければ…
ただの気紛れだ。
かと言って、嘘でも何を言えば良い?)
「別に。」
どうにか俺も僅かに言うが、判らない感覚で取り敢えず。
一応、ミユキの頭を撫でてみた。
それにも笑ってくる事で、また複雑な気分になる。
(ミユキは俺が見えていない上に、ただの人間だ。
魔力の感知も出来ないから、俺を人間と思っているのだろうが…
これは何と言う『感情』だろうか?
良く判らんが、殺す気にもならない?
かと言って、特に何かする気もない?
俺は…?)
良く判らない気分の魔王でもあったが。
ミユキを抱き上げて家の中へに戻った。
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