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頭の中のもやもやは収まらず、オレはそのまま塾に行かなくちゃいけなくなった。
受験まであと少し。塾に行ってないやつの方が珍しい。
オレが行ってる塾は個別指導の塾で、オレの先生はM大の現役学生。頭が良くてかっこも良くて、教え方も上手くて親のウケもいい。完璧な先生だ。そして優しい。
問題を解くオレの視界の端に先生の手が見える。
先生の手、キレイだな。
あの手でしたりしてるのかな?
でも先生絶対彼女いるよね。こんなにかっこいいんだから。だったら自分じゃしないか。あの手は彼女に触れて、そして唇は彼女と・・・。
何だかドキドキしてきた。
先生、もう経験済みだよね・・・?
そう思いながらそっと視線を上げて唇を見て、そのまま上げると、目が合った。
やばっ。
慌てて視線をテキストに戻して問題を見るけど、隣からため息が聞こえた。
「今日はなんか落ち着きがないね。集中できない?」
ため息混じりのその言葉に、オレの背筋に冷たいものが流れる。
「すみません。ちゃんとやります」
「いや、怒ってるんじゃないんだ。そんな時もあるよ。ただもうすぐ本番だし、なにか悩みがあるなら聞こうかな、と思って」
その言葉に先生を見ると、先生は優しく僕を見てた。
「悩み・・・」
いやいや。あんなこと言えません。
「・・・あ・・・りません」
僕はすっと視線を逸らして、机のテキストを見た。
「僕には言えない?」
ちょっと淋しそうな声に、オレは慌てて否定する。
「違います」
「じゃあ、なにがあったの?」
にっこり笑われて・・・観念した。
「ここではちょっと・・・」
言えないよぉ。こんなところでっ。
「ここじゃ言い辛いこと?あまり人には聞かれたくないことかな?」
その言葉に頷くと、先生はちょっと考えて・・・。
「じゃあ、明日時間ある?うちに来ないかい?」
え?
先生の家?
オレはびっくりして先生を見た。
明日土曜日で何も無いけど・・・。
え?
行っていいの?
「本当は生徒とここ以外で会うのはダメなんだけど、ま、内緒でね。だって君、もう入試まであまり時間ないのに、それじゃあ心配になっちゃうよ」
先生の本当に心配そうな顔に、オレはなんだか申し訳なくなってしまった。
「明日・・・大丈夫です」
オレの言葉に、先生の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあ決まりだね。詳しい場所と時間は後で決めよう。さ、今日はこれだけでもいいからやっちゃおうか」
そう言って、先生は今やっているテキストのページを指さした。
「はい」
明日先生の家に行く・・・。
オレはさっきとは別の意味でどきどきしながら、その問題を解いていった。
その後無事にそのページを終え、終了時間になると先生は場所と時間が書いた紙をオレに渡して大丈夫か確認すると、居室に戻って行った。
その背中を見送ってオレも帰り支度をして塾を出た。
その夜は家に帰ってもどきどきは収まらず、ベッドに入ってもなかなか眠れない。
遠足の前の小学生みたい。
たかが塾の先生の家に行くだけじゃん。
そう思ってもなかなか眠れず、結局そのまま起きる時間になってしまった。
ほんと、何やってるの?オレ。
そんな寝不足のまま先生との待ち合わせ場所の駅に行ったら、心配されてしまった。
「大丈夫かい?そんなに悩んでるの?」
いや、悩みと言うよりは、先生のおうちに行くのに緊張して眠れなかった、とは言えず。
「大丈夫です。ちょっと昨日は寒くて途中で起きたら眠れなくて・・・」
と誤魔化した。
「確かに昨日は冷えたよね。本番前に風邪をひかないように。ちゃんと温かくしてきた?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ行こうか」
オレは先生に促されて駅に入った。
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