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②
「ヒース。お前…その……あれは恋人、なのか?」
僕に促され俯いたまま口にしたのはそんな言葉。
「――――は?」
自分でも驚くほど間抜けな声が出た。
恋人?
「違う…のか?お前たちは…その…そういう事をしていたんじゃ、ないのか?」
「そういう事って?――ああ、セックス?」
「セ…っ!」
耳まで真っ赤にさせて口をパクパクとさせる伊吹。どんだけ純情なんだよ。
伊吹はどうやら僕が吸血していた事に気づいていないようだった。だからこのまま適当な事を言って誤魔化してしまえる。だけど――――。
「まぁ、違うよ。僕はただ食事をしていただけ」
「食事?」
僕の言葉に伊吹は訝し気に僕の事を見た。やっと合う伊吹の瞳に嫌悪感がない事に少しだけほっとした。
「僕はね『夜渡り人』なんだ」
「夜渡り…?人?」
「んーそうだね。吸血鬼って言ったら分かるかな?物語の中に出てくるよね。ほぼほぼ夜渡り人の事だよ。でも、現実には夜渡り人は僕ひとりだけなんだ。僕は人の血を食事として欲する。だからあの人で食事していただけで、セックスしていたわけじゃない」
「―――そう、なのか…」
僕の説明に安堵の息を吐く伊吹。なぜ?僕は夜渡り人だと言っているんだよ?
「そ。てか、随分簡単に信じるんだね?」
「嘘、じゃないだろう?ヒースはこういう嘘はつかないって知ってる」
「知ってる?僕の何を知ってるって言うのさ。僕たちが幼馴染みだとか親友だとか全部嘘だよ?僕の持つ力はそういう事ができるんだ。記憶の操作だね。さっきの男だって今頃は自分が何されてたかなんて覚えてもいないよ」
僕の皮肉に気分を害した風もなく、少し考える素振りを見せた。
しばらくの後伊吹が口にしたのはこんな言葉だった。
「俺さ、お前と幼馴染みだなんて記憶ないんだ。俺たちが会ったの最近の事だよな?なのに俺以外のみんなはお前が昔から居たって思ってる。ずーっと疑問だったんだけど、お前の話聞いて納得した。そっかそういう事か」
嬉しそうに「そっか」と何度となく呟いて、次第に曇っていく伊吹の表情。
やっとどういう事なのか気づいたのだろうか…。
僕の力が効かないだなんて…これで本当にお前の出方次第という事か―――。胸がチクリと痛んだ。
「ヒース…食事っていう事は…血を吸う行為は止められないって事なのか?」
「そうだね。じゃないと僕は弱って死んでしまうかな」
弱っていくのは本当だけど死にはしない。それも何十、何百年単位の話だ。
一度僕は試した事があった。何も食べず何も飲まず、勿論吸血も行わず。
それでも僕は死なずに生きていた。ただ気持ちがどんどん弱っていき嫌な事ばかり考えるようになって、耐えられなくなった。
「――――わかった。じゃあ俺の血をやる」
「は?」
本日二度目の『は?』である。
何言ってるんだ。本当にこいつは―――。
「俺血の気が多いし、他の誰かを吸うんじゃなくて俺のを吸えよ。お前ひとりくらい俺の血で賄えるだろう?」
「――――んで…。何で―――?」
「何でってそりゃ俺がお前を好きだからかな」
「だってそれは嘘でしょう?面倒事を避ける為の嘘……」
「嘘じゃないよ。俺はヒースの事好きだよ。だから生きる為とはいえ他のヤツの血を吸って欲しくない。あ、だけど俺はお前の下僕にはなりたくないからさ、できれば恋人にして欲しいんだけど、どうかな?」
なんてはにかみながら言う伊吹。
嘘、だろ……?
こいつは恐れるでもなく、嫌うでもなく自らの血を捧げるって……。
おまけに恋人?この僕と共に生きたい―――と?
お前にとって僕が夜渡り人だという事は悩む必要もないちっぽけな事なのか?
―――いや、こいつは知らないだけだ。『恋人』というのが世間一般でいう恋人とは違うという事を。
僕の恋人になるという事は、僕と共に永劫の時を生きるという事。甘いだけじゃない。
今までの全てを捨てるという事―――。
それを告げればいくらこいつでも………。
言わなきゃと思うのに口に出してしまうのが怖かった。口に出して「さっきのやっぱりなしで」なんて言われてしまうんじゃないかって思うと言葉がうまく出て来ない。
「僕は………」
そっと抱きしめられる。僕を包み込む伊吹の温もりに涙がじわりと浮かんだ。
僕はこいつと一緒にいると胸がぎゅっとなってどうしようもない気持ちになるんだ。
僕の中に芽生えた初めての感情――――。
「吸血鬼っていったらさ、何もなきゃずっと生きてたりするんだろ?」
「―――ああ…」
ここまできても僕が言えなかった事を簡単に口にするこいつに腹がたった。
だから意地悪を言ってみたくなったんだ。
「僕の恋人というのならお前も夜渡り人に…なるか?人とは違う存在に。勿論家族とは別れ、長い長い時を僕と共に過ごす事になる―――」
お前はあんなに大事にしていた弟たちを、家族を捨て僕を取る事ができるのか?
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