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転生
その朝はとても寒かった。前日に甕の水でもひっくり返したのだろうか、宮殿の廊下が凍っている。
早くお父様に道具を届けないといけないが、転ばないようにゆっくり慎重に歩く。
前からシア様が来るわ。あの方、父親が右議政(臣下で三番目に偉い人)様ってだけでいつも威張ってて意地悪で苦手なのよ。退屈しのぎに目についた女の子を見境なくいじめるのよね。この前なんか、知り合いが物置小屋に閉じ込められて、凍えて死にそうになっていたわ。
シア様が通るわ。道を空けないと。
あっ!踵が滑った!どうしよう、滑るぅぅぅっ!足が、足がツルツルする!耐えないとシア様にぶつかる!
「シア様、よけてください!!」
ぶつかったりなんかしたら何されるかわからないわ。
──目の前に火花が散ったのが見えた。
◇◇◇
ん?空?私は今、空を飛んでいる?
ぶつかって打ちどろころが悪くて死んだのかな?幽体離脱ってやつ?
え?海……?古びた家……?
モヤモヤして視界がはっきりしないが、それが見える。
あ……そうだ、あれは私……。
子供が好きで念願の幼稚園教諭になったんだっけ……でも、モンスターペアレントの対応に疲れ果てて5年で辞めて……。妹と海の見える家で、昼は古民家カフェ、夜は子供食堂を経営し始めたんだった。
私も妹も子供は好きなのに、30歳近くになっても彼氏なんかいなくて独身で、休みの日に録り溜めたドロドロ展開の韓流時代劇を見ることが唯一の楽しみだった。
そうそう、ドラマを見ながらあり得ない展開に色々突っ込み合ったわ……。
ある日、婚活パーティーをカフェで開いて、海で泳いでいたら蛸を見つけて、調子こいて遊泳禁止区域に入ってしまって……離岸流に流されたんだっけ……?
それで、妹が助けに来てくれて……。
妹……私と同じところに同じ形……右手の小指にハートの形のアザが…………。
ハートのアザ……。
ん?ハートのアザ?
目の前にはっきりとハートのアザが見える。もう空を飛んでいない、海ではない、宮殿の廊下。
「お姉ちゃん……?」
「幸?」
「お姉ちゃん!!」
「幸~!!」
思わず抱き合ってしまった。
前世?の記憶を思い出してから私の中は完全に日本に住んでいた時の〈海野 恵〉に塗り替えられてしまった。「お姉ちゃん」と言うあたり、シアも同じように〈海野 幸〉に塗り替えられたようだ。本当は17歳なのに中身はアラサー……。
「あの……?お嬢様?」
シアの小間使いが心配している。
「大事ない。心配するな」
シアは立ち上がってスカートの裾をはたくと私を引き起こしてくれた。
「ソユンさん、後で私の屋敷にお越しくださる?」
「もちろんですわ」
こうして私たちは再会を果たしたのだった。
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