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ミッション10 素敵な夜
王様を閉じ込めて数時間が経った。まぁ、あのオカン内官が助けるだろう。
こどもカフェの食事提供は終わり、希望者に字を教えていた。字が読めると何かと役に立つし、仕事を得ることができる。自活できる力を養うことが目的だ。
「ソユン姉ちゃん、旦那様が来たよ」
この子はヨヌ。10歳でとてもしっかりした少年。妹思いで優しく、頭も良い。
「旦那様?ソユンお姉ちゃん、結婚してたの?どんな人?カッコいい?」
イナは4歳の女の子。ヨヌの妹。おませさんで可愛い。
「え?してないよ。誰だろ?」
とりあえず出迎えに行く。イナも興味があるのか、ついてきた。
……王様かよ。うすうす感じていたよ。やっぱりな。
「あれ?私の旦那様はどこ?」
首を右左に振り、わざとらしく旦那様を探す。
「いなぁい」
「こちらにいらっしゃいます」
ソン内官様が王様を手のひらで指し示した。王様が私ににっこり微笑む。
「……旦那じゃないから」
王様の顔を遠い目で見て言ってしまった。
ソン内官様が失礼なことを言った私を叱ろうとしたが、王様はそれを制した。そしてニコニコ&キラキラ顔を私に向ける。無言で。
王様はめげない、このお方はめげない。
どんなメンタルだよ。
ニコニコ&キラキラ顔の王様と遠い目の私はしばらく対峙していた。
この、状況を変えたのがイナだった。
「お姉ちゃんの旦那様?カッコいいね!」
「旦那様じゃないよ。私、結婚してないよ。髪もまとめてないでしょ?」
ここの女の子は結婚するとお下げの髪をまとめる習慣がある。
「でも、いつかはお姉ちゃんと結婚するんでしょ。お姉ちゃんに会って旦那様は嬉しそうだよ。早く結婚しないと、行かず後家になるよ」
……誰だよ、そんなダメージでかい言葉を教えたのは。
「そうなんだよ。私はソユンお姉ちゃんの未来の旦那様なんだよ。ソユンお姉ちゃん、早くお嫁に行かないと行かず後家になるのに、行かないんだって」
王様はイナの目線に合わせてしゃがみ、嘘を教える。そんな、キャラだった?性格のいい坊っちゃんキャラじゃなかった?
「えー、なんでー?カッコいい旦那様なのに。いいなぁ、お姉ちゃん、いいなぁ」
何この茶番……。
王様はめっちゃ嬉しそうだけど。
厨房にいるはずのシアを探す。やっぱりこちらの様子を伺っている。めんどくさそうなことになってる私を指差して爆笑していた。
「字を習っていたのかな?私も教えてあげよう」
「うん、ありがとう。お兄ちゃん」
王様はイナをダシにして教えの場に混ざった。気さくで他の子供達ともあっという間に仲良くなってしまった。
このお方、最初から偉ぶってなくて気さくだよね……。《王様》のイメージ変わったわ。
◇◇◇
「じゃあ、またね。お兄ちゃん!」
子供たちが帰っていった。あたりは薄暗くなっていた。
「ソユン、シア殿、いるか?」ジュウォン兄さんの声だ。
今日はジュウォン兄さんの仕事帰りに三人でご飯を食べに行く約束をしていたのだ。ジュウォン兄さんは、奥にいた王様に気付くと姿勢をピシッと正した。
「王様!」
「ご苦労。悪いが、今日はソユンを貸してくれないか?説教せねばいけなくてな」
シアが経緯をジュウォン兄さんに説明する。兄さんはすごく驚き、心配した目で私を見ている。
そりゃ王様を置き去りにした人は、この世界の歴史が始まって以来、私が最初の人かも知れない。シアが何かを伝えると、兄さんの心配は消えたようで、ホッとしていた。
「では失礼します」
兄さんがピシッと王様に挨拶をした。
ジュウォン兄さんとシアは、私をちらりと振り返り「頑張れよ」と目で言い、共に去っていった。
「じゃ、私も失礼しまーす」
どさくさに紛れて逃げる作戦。
「まて、もう逃がさぬ」
王様がガシッと私の腕を掴む。作戦を読まれていたみたいだ……。
「おそれ多くも、この私を踏み台にし、あまつさえ置き去りにしたのだ。詫びに少し付き合え」
◇◇◇
「あの?どこへ?」
パダは子供の声がうるさいと苦情が出ないよう、街から少し離れた場所にあった。
王様はさらに街から離れ、暗い道を進む。今日は月が明るいので歩けるが、新月の時などは暗くて歩けないだろう。
木が生い茂っていて、月明かりの届かない暗い道に入った。怖い。肝だめしみたいだ。護衛官もいるけど、怖い。
「ひえっ!」
小動物が飛び出してきた。思わず隣にいた王様の腕を掴む。
……ここは怖いので、掴まらせてもらうことにした。茂みを抜ける少しの間だけだし。王様も何も言わないので、甘えさせてもらう。
「ここだ」
「ここは……」
道が暗かったので気がつかなかったが、前に連れて行ってもらった離宮だった。そういえば、離宮はパダから近くて街外れにあった。
宮殿の部屋に通されると、池に面した戸を開けて外を見るようにと王様が言った。
「綺麗……!」
夜の池に月が映る。街の喧騒は聞こえず、静まりかえった場所には虫の鳴く声と風が木々を揺らす音だけ……。
しばらく外の幻想的な風景に釘付けになっていた。その間にお酒などが並べられ、王様は奚琴を持ってきて私の隣に座る。
や、やばい。月の映る美しい池にイケメンが楽器をひいている。絵になる。
私は王様に釘付けになってしまった。王様の奏でる奚琴の音は美しく、それでいて切ない。音が心に染み入る。月の夜にぴったりだった。
「素敵……」思わず声が漏れる。
王様はにこっと優しい笑顔を向けて下さると怖いことを言った。
「今日はここに泊まれ」
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