ろくでもない人生と、ろくでもない幸せ【短編】

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◇◇◇  辞書で調べた『幸せ』の定義。  ③巡り合わせ、運命  そもそも『幸せ』に結婚の意味は含まれていない。  その夜、俺と安穂と道香ちゃんは道生の家に集まった。  道生はもう戻らない。それがもうじっとりと身にしみていた。いない道生を今の道生に重ねても不協和音が大きくなるだけだ。比べるほど安穂は苦しむ。  だからもう、過去から離れて進まなくては。  俺たちと道生が幸せになるには時を止めたままでは駄目なのだろう。  だから二〇年一緒に過ごした道生と別れて、新しい道生と出会って巡り合うことにした。  俺は四六時中一緒にいたから、それほど難しくはなかった。既に道生がいないことが頭で理解できていた。 「おとうたん?」 「こんにちは、道香ちゃん」  道香は三歳だ。道生が事故にあったときは一歳半で覚えていない。道生も覚えていない。だからその巡り合いは知らない者どうしで、ぎこちなかったけれどシンプルだった。軽く握手をして、道生は道香ちゃんを膝の上に乗せた。 「安穂さん、結婚してくれますか」  道生は安穂が来ると聞いて性懲りもなく花を用意した。小さなブルースター。求婚には花。以前道生と安穂に求婚した時にも道生は薔薇を送っていた。道生はかつての結婚と安穂の記憶を無意識に辿っているのかもしれない。  以前の道生と安穂の関係は傍目にも幸せに見えなかったし、結局の所、事故の直前離婚した。今の道生には腹を立てることと喜ぶことの区別がつかない。良し悪しの区別がつかない。結婚直後の幸せな記憶も離婚の直前の酷いいざこざも、道生には区別がつかない。だから道生の無意識では安穂との生活が一番強い印象を残しているんだろう。  それでもやはり安穂が好きだったのはかつての道生で、今の道生は道香の親で家族だけど見知らぬ人間だ。 「お断りします」 「今日は怒らないんですね」 「私も道香もあなたは会ったばかり。少なくともあなたの記憶では」 「そう、ですね」
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