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「今日は美術モデルだ。やれそうか?」
「大丈夫」
「体は平気?」
道生は両腕を動かして稼働部位を確かめ首を縦に振った。大丈夫というなら大丈夫なのだろう。美術モデルはあれはあれで大変な仕事だ。モデルをしている間、目線すら動かしてはいけない。頻繁に休憩を挟むとはいえその状況で何時間も石になる。普通は何かを考えてしまうと、ちょっとした動きが体に出る。道生は何も考えないからポーズが決まると動かない。それに何よりとても美しい。だから人気がある。
「ルールは?」
「笑って挨拶する。指定されたポーズを取る。返事は『そうですね』と『わかりません』と『確認します』。帰る時は『ありがとうございました』。無理に触られそうになったら叫んで瑤を呼ぶ」
「そう。わかったら車に乗れ」
車はするりと動き出し、滑らかに坂道を下る。昼下がりの夏の太陽は車のルーフをジリジリ焦がし、頭上から熱が降り注ぐ。エアコンと同時にラジオをつけた。空疎な音を聞きながら街並みを抜けて大きな街道に入りしばらく進んで右折。だんだんと街並みが近代的なコンクリートの色合いから古い木の色に変化する頃には道生は車内の冷気とともに幾分生気を取り戻していた。
まあ所詮、生気があるといってももともと生きてるなとわかる程度だ。
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