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幸せになりたい。
どうやったら幸せになれるのだろうと思いながら、バシャリとたくさんの百合の花が床にぶちまけられる光景を見ていた。なんとなく、百合というのは独特な香りがする。
ようは安息香酸メチルとオシメン、ネロリドールの複合的な香り。この臭いは特に好きでも嫌いでもない。そう思ってカーペットを湿らせる百合をぼんやり見ていると、その白い先端が無残にヒールで踏みにじられてさらに香気が立つ。そして俺は頬を平手で張られてパンという高い音が部屋に響いた。
「いい加減にして」
「いい加減?」
ぼんやり安穂の顔を眺める。
いい加減。
いい加減とは何だろう。働かない頭を緩慢に動かしながら、じんじんする頬を撫でる。人に殴られるのは久しぶりな気がする。
「どういうつもりなの?」
「どういうつもり。プロポーズをしたつもりです」
「あなたは、どうして」
苦虫を噛み潰したような表情。
どうして? どうしてといわれても。女性は花が好きなものだと認識していた。だから帰りに花屋さんで買ってきた。これまでも何度か安穂に花を送ったが喜んでいるように見えた。
「百合、嫌いだった?」
「あなたとは無理だといったでしょう?」
「そうですね」
少し前にそう言われた。
でも時間が経ったから、変わってないかなと思って。
百合は好きじゃなかったのかな。おかしいな。
安穂は俺の目の前でがなりたてている。僕と付き合えない理由を。そっか。うん。そうだね。けど、僕はその内容がよくわからないんだ。覚えてなくて。そうするうちにバタンと扉が閉まる音がして、気がついたら安穂は目の前からいなくなっていた。
……百合を片付けなくては。
一本ずつ拾う。踏み躙られた部分の下の絨毯にはぼんやりと汁が付着していた。あとで洗濯するべきなのかな。触れると、百合の香りが指に移った。
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