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「どうぞ、適当に座って」
由奈に薦められて、美咲はカウンターの一番端に座ると、ふと、店の入口側の木の階段の上、中2階に視線を向けた。
「オーナーにも・・・、挨拶してきます」
そう言って立ち上がった美咲に、マスターの誠一郎が「なら、注文だけ、聞いておこうか?」と聞いてくれたので、美咲は「カフェラテで・・・」と注文した。
美咲はゆっくりと、静かに木の階段を昇る。
数段上の中2階には4人掛けのテーブルと椅子がセットされている。
登ってすぐに美咲は左のテーブルに視線を送った。
そのテーブルには黒表紙の日記帳と紺色の万年筆それにリザーブ席と書かれた名札が置かれていた。
美咲は、日記帳と万年筆を手に取ると、隣の4人掛けテーブルに座り、日記帳に一言、─オーナー、お久しぶりです─と書き込んだ。
そして、日記帳を一度、閉じてから同じページを開くと、不思議と文字が消えていた。
それを見た美咲は、ふと、日記帳置いてあったテーブルに視線を向けると、ボンヤリとだが初老の男性が笑みを浮かべて座ったいるように見えた。
美咲は日記帳と万年筆を元のテーブルに戻すと、ゆっくりと階段を降りてきた。
「挨拶・・・、してきたの?」
由奈が美咲に声を掛けると、美咲は静かに頷いて、「何だか、実家に戻ってきたような気持ちです」といった。
美咲が休憩の時によく座っていたカウンターの端の席は、今も全く変わっていなかった。店の入り口からは遠く、カウンターの中にはすぐに入れるという利便性から、美咲に限らず由奈にしても良く座っている席だった。
「はい、カフェラテ。お待ちどうさま」
誠一郎が淹れてくれたカフェラテを飲むのは久しぶりな気がした。
「ねぇ・・・、美咲ちゃん。今は、会社の時間じゃないの?」
由奈が声を潜めて聞いてきた。
両手で挟むようにカップを口に持っていっていた手が止まると、静かにカウンターテーブルの上に下ろされた。
「最近・・・、徹平は来ていますか?」
誠一郎と由奈は互いに顔を見合わせてから、誠一郎が「いや・・・、ここ数日は来ていないと思うけど・・・。あっ、だって先月末まで神奈川予選があったはずだけど・・・。あれ、優勝したんじゃないかな」と思いだしながら話してくれた。
「うん・・・。優勝した。けど、大会中はともかく、終わったんだから連絡を暮れても良いのに・・・」
美咲は深いため息を吐いた。
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