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「連絡・・・、無いの・・・?」
由奈が声を低くして尋ねると、ちょうど窓際にいた主婦と思われるお客があ立ち上がり、「ご馳走様・・・」と挨拶をしてきた。
由奈は美咲とお客を交互に視線を向けながら、心配そうな表情を作り、その表情を見た誠一郎が右手を軽く挙げ、「ありがとうございます・・・」とレジへ向かって行った。
「ねぇ・・・、美咲ちゃん。邪魔されない所で話・・・、しようか」
由奈は美咲を誘って中2階の席へ移動した。
リザーブ席はさすがに由奈でも何か無いと座らない席だ。その何かは、オーナーと由奈の二人の仲でしか分かり合えない事であって、美咲がここでアルバイトをしていた時も辞めた今でもその何かを知る事は無かった。
「何かあったの・・・?」
由奈は美咲を窓側の席に座らせ、自分は階段側の席に座った。
「ありがとうございました、またどうぞ」
誠一郎がお客を送り出す声が聞こえ、その後、由奈が後ろを振り返ったが、誠一郎が『どうぞ』とでも合図したのか、美咲の方へ視線を戻した。
カフェラテのコーヒーの香りが静か時間を和らげてくれる。時間が流れるのを忘れさせてくれるようだ。
南の窓の外から見える湘南鎌倉の海は、こんな梅雨の時期でも波乗り達は楽しそうに来る波に向かっていく。荒れた波でも、ビッグウェーブを待っている波乗り達には関係は無かった。
「短大卒業して、仕事が忙しくてなかなか連絡が取れなくて、ようやくひと段落着いた時には、今度は徹平の方が大会前で忙しくなって・・・。私、何だか寂しくなってきちゃって・・・。そしたら、大事な仕事でミスを連発するし、上司から嫌みを言われるようにもなって・・・」
由奈は黙って美咲の言葉を聞いていた。
「で、先月・・・。何も考えず、勢いで仕事を辞めちゃって・・・」
「えっ!辞めちゃったの?」
由奈はそこは真剣に驚いた顔で聞き返していた。
「はい・・・。でも、辞めちゃったのは良いけど・・・、これからどうしようかと考えていたら・・・、徹平ももしかしたら、新しい彼女でも出来て、連絡くれないのかなとか・・・、思って・・・」
美咲の目にいつしか涙が浮かんでいた。
「徹平君には・・・、それで、連絡はしたの?」
由奈の問いに美咲は首を左右に激しく振った。
「連絡してごらん・・・?」
赤い縁の眼鏡の奥から見つめる由奈の優しい瞳が、美咲の心を包んでくれるようだった。
「はい・・・」
美咲は砕けそうな勇気を振り絞って、自分のポケットからスマホを取り出し、電話番号を回した。
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