二人の天使

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「ここ数日というと、母が寝込んだことぐらいしか……」 「寝込んだ? 症状は?」  ジェラルドは、身を乗り出すようにソフィに尋ねた。ソフィはジェラルドの迫力に圧倒されたらしく、座ったまま上半身を彼から遠ざけようとする。 「身構えなくても大丈夫ですよ。彼は腕の良い医者です」 「そうさ。日頃の疲れを癒すためにここに足繁く通っているわけだ。医者の不養生とは、よく言ったものだからな」  ジェラルドが得意気に言うと、アルベールから「くすっ」と笑いがもれる。 「あなたの場合は、いつ本職をしているのかというレベルですがね」 「バカ言うなよ。個人病院で、訪問、往診だって日々こなしているってのに……」  ソフィは重い口を開いた。 「熱が続いていて、咳や鼻水が出ているわけでもないのに。原因が分からなくて」 「症状を聞きゃ、ある程度の察しはつくが、一度往診をしてやる必要はありそうだな」  カウンターの向こうにいるアルベールが顎に手を添え、思案していると、本がパラパラと音を立てて開いた。 「本が勝手に!」 「ようやく来たか」  本の中から銀色に輝く球体が飛び出す。ソフィは得体のしれないものを見るように球体を見つめたが、かたやジェラルドにとっては、もはや当たり前の光景のようで、電話やメールが来た時のような反応である。球体は形を徐々に変化させ、平たくなった。 「……これが、グリモア?」 「グリモアが反応したということは、マリエットさんが失踪した原因となる手掛かりが分かったのかもしれませんね。おや、何やら紙のようなものに化けているようで」  形状を変えたグリモアは、アルベールの左の掌に乗った。 「これ……お母さんの持っている(しおり)にそっくり」 「栞だって? 手掛かりが栞ってどういうことなんだ? アルベール、分かるか?」  ジェラルドは首を傾げ、アルベールの持つ栞を覗き込む。 「コーヒーのような茶色いシミに、花の絵が描かれていますね。白い花……」  アルベールが思案していると、ジェラルドがすかさず答える。 「コイツはエーデルワイスか。主にアルプスとかの高山に生えていて、消化器、呼吸器系の疾患に効く薬草としても有名な花だ。野生のは貴重で採集が禁止されている」 「さすがはジェラルド。可愛いものにはやはり目がないようで」 「おい、勘違いするなよ! 俺は医者だから詳しいだけでな……」  半ばむきになったジェラルドの言葉を遮るように、アルベールはソフィに尋ねる。 「ソフィさん、この栞はどこで買われたか覚えていますか?」 「スイスに家族で旅行した時、私が母に買ったんです。母は昔からエーデルワイスが大好きで、父からのプロポーズでもらった花だから思い出なんだと言っていました」 「スイスの土産品ですか。その栞は今もご自宅にありますか?」 「あります。母が本の上でコーヒーをこぼしたんです。その時に一緒に挟んであった栞も汚れちゃって。これって、まさか家にあった栞がここに来たんですか?」 「いいえ、これはあくまでグリモアが化けた姿。本物ではありません。そっくりなだけです」 「化けるのがお上手ね。汚いから『捨てて良いよ』って言ったんですけど、『これは捨てられない』って、未だに」 「先程、家族でスイスにということでしたが、いつ頃買われたものでしょうか?」 「十年ぐらい前だったと思います。その頃、マリエットは生まれて間もなかったので」 「なるほど……まさかとは思いますが、マリエットさんはこの栞と同じ物を入手しようとしているのではないでしょうか?」 「同じ物? でも、もう十年も前の物ですよ。それに、スイスまで行くって言ったら、お金もそれなりにかかるし」 「普通に考えれば、もちろんその通りです。ある意味、スイスまでどのように行ったのか、あまり記憶のない時期で良かったのかもしれませんね」 「えっ?」  ソフィは顔を上げ、アルベールに目をやる。 「なんだ、案外近くにいるってか?」  ジェラルドは立ち上がり、窓の外を眺めた。 「僕の読みが正しければ、更なる手掛かりを示してくれるはずです」
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