5人が本棚に入れています
本棚に追加
「着きましたね」
三人はエッフェル塔の前にいた。ジェラルドとソフィはアルベールからゆっくりと離れる。
「マリエット……」
ソフィは空に向かって伸びる鉄塔を見上げ、呟いた。
「行くとしたら、第二展望台か。エレベーターは混むからな。急ぐなら階段で行くしかないぞ。お嬢ちゃん、大丈夫か?」
ジェラルドの問いに、ソフィは「……頑張ります」と、自信なさそうに答える。
「と言っても、七百段近くありますからね。歩けないことはありませんが、女性には厳しいかもしれません。ジェラルドにとっても、なかなかの重労働なのでは?」
ジェラルドの持つカバンに視線を落とすアルベール。こう言われては、さすがのジェラルドも反論出来ない。
「チケットだけ買って、すぐにグリモアで上がりましょう」
チケットを購入した三人はグリモアを使い、急いで第二展望台へと向かう。ショップの前に到着すると、茶色い髪に青色のバレッタを付けた十歳ぐらいの女の子が商品を眺めていた。目的の物が見つからないのか、店内の商品を眺めては大きな溜息をつく。両手で大事そうに抱えているのは、
「スノードームを持っているぜ」
ジェラルドの声でソフィの視線が女の子の方へと移る。そして、ついに――。
「マリエット!」
ソフィに名を呼ばれ、女の子は驚いた様子で三人の方を振り向いた。
「お姉ちゃん⁉ どうして、ここに?」
「どうして、じゃないでしょ! 勝手に家を出て……何かあったら、って心配したのよ!」
「ご、ごめんなさい」マリエットは肩を竦めた。「お母さんに栞を買ってあげたくて。でも、どこにもないの。お母さんの持っているのと同じ物が……」
「あるわけないわよ。あの栞はスイスで買ったんだもの。しかも、もう十年近くも前の話よ」
「……そうなの? せっかく、ここまで来たのに」マリエットは目に涙を浮かべた。「あれじゃないとダメなの! お母さん、きっと喜んでくれない。早く、元気に、なって、ほしいのに……」
しゃくり声をあげ、泣き出す始末。これにはジェラルドとソフィも頭を抱えた。マリエットの甲高い泣き声に周囲からの視線が集まる中、アルベールはなおも余裕のある表情を崩さない。
「果たして、本当にそうなのでしょうか。あなた方のお母様は栞そのものに価値を見出したのではなく、その過程に価値を見出したのではないでしょうか」
「過程?」
ソフィとマリエットは互いの顔を見合わせ、首を傾げる。
「コーヒーで汚れてもなお捨てることが出来なかった――ソフィさん、あなたからの贈り物であったからこそ、お母様はその栞に価値を見出したのでは?」
アルベールの言葉を聞いたソフィは、母親から言われた「これは捨てられない」という言葉と、栞をプレゼントした時の母親の表情が脳裏によみがえった。
「あの栞……考えてみると、母に初めて自分のお小遣いで買ったプレゼントでした。あの時の私は、今のマリエットよりも小さくて。母の好きなあの花の栞を偶々見つけて、母を喜ばせたい一心で買った。てっきり、あの花だから大切にしているのかなと思ったけど、そうじゃなかったのかもね」
「じゃあ、あの栞じゃなくても喜んでくれる? これ、凄く可愛いの。お姉ちゃんが買ったのとは違うけど、お母さん喜んでくれるかな」
手に持ったエッフェル塔のスノードームを高く上げ、アルベールを見上げるマリエット。アルベールはゆっくりと腰を落とし、目線を彼女に合わせた。
「ええ、きっと。あなたの、お母様を思う優しい気持ちがあれば、きっと喜んでくれますよ」
アルベールの言葉で、マリエットの表情は雲間から顔を出した太陽のように明るくなる。
「じゃあ私、これ買ってくる!」
マリエットはショップのレジへと向かった。後ろから心配そうに付き添うソフィ。姉妹がレジの列に並ぶ姿を見て、アルベールとジェラルドは微笑んだ。
「姉妹っていうのも、良いもんだな」
「ええ、二人の天使に囲まれて、お母様もきっと幸せでしょうね」
「次はようやくコイツの出番だな」ジェラルドは得意げに自身の持つカバンの横を軽く叩いた。「アルベール、もうひと仕事付き合えそうか?」
アルベールはやや間があってから首肯した。
「……もう一回なら」
「だったら、手っ取り早くやらねぇとな」姉妹がこちらへ戻るや否や、ジェラルドはカバンから地図を取り出す。「お嬢ちゃんたちの母さん診てやるから、案内してくれ」
住所を聞いたアルベールは、地図の上にグリモアを置き、その上に手をかざした。
「行きますよ。つかまっていてくださいね」
最初のコメントを投稿しよう!