3−2

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 手早く入浴を済ませ、暗い室内の中、明かりが漏れている作業部屋にそっと足を踏み入れる。  すると、そこはまるで別世界だった。 「わあ……」  部屋中に飾られた多種多様なデザインのガラス細工の数々に、感嘆の声が漏れる。 「まだ、こんなものじゃないぞ」  暁の反応が嬉しいのか、龍巳は声を弾ませながら照明を操作する。すると、照明も手を加えてあるのか、様々な色に変わり、それに合わせて光るガラス細工が宝石や万華鏡のように見えて、言葉にできないほど美しい。  いつまでもそれを眺めて見惚れていたが、不意に着信音がし始めて我に返る。 「もしもし。……はい」  龍巳がスマートフォンに出ながら出て行くと、部屋に一人残された。すぐに戻って来るかと思われたが、話が長引いているらしく、なかなか戻って来ない。  照明を操作して元の色に戻すと、何気なく作業机の上にある写真立てに目が止まった。なんとなく興味を引かれて手に取ると、若い男女が並んで立ち、幸せそうに微笑んでいる写真なのが見て取れる。  ありふれた写真だが、男の方は龍巳とはまるで別人だ。だとすると、これは友人夫婦でも撮った写真なのだろうか。  写真立てを元の位置へ戻しかけた時、裏側の蓋が外れ、写真と共に白い紙がひらりと落ちた。  拾い上げて目を通した暁は、目を見開いた。 「これは……」  ドアの外、電話を終えたらしい龍巳がこちらに近付いてくる音がする。  暁は咄嗟にその紙をポケットにねじ込み、写真立てを元の位置に戻した。それと同時に開く扉。 「仕事の電話?」 「ああ。……まあ、な……」  何だか歯切れが悪い。どこか疲れた様子の龍巳は一気に老け込んで見えたが、それでも二十代の息子を持つ親にしては若く見える。  若過ぎるくらいに。 「ねえ、父さん……」 「ん?」  返事をしながらも、龍巳は既に暁を見ていない。電話がよほど深刻な内容だったのかもしれないが、それだけではないように思えてならない。 「……父さんってさ……」  続けようとした言葉が、今度はリビングの方から流れてくる着信音に遮られた。暁のスマートフォンだ。  無視しようと思ったが、しつこく鳴り続けている。 「……出たらどうだ」  先ほどは奪い取ってまで電話を遠ざけたくせに、今度はあっさりとそう言う。  本当に、龍巳のことはよく分からない。  自然と溜め息をこぼし、龍巳を部屋に残して、リビングに向かった。暗い室内の中でチカチカと明滅する光を見つけ、ついでに部屋の明かりを点けながら電話に出ようとした。 「……?」  電話の相手を確かめて、首を傾げる。知らない番号だったわけではない。意外な相手だったからだ。 「春音?」  出る前にぼんやりと記憶を探るが、春音とは遠い昔に親しかっただけで、最近は疎遠になっていたはずだ。それがどうして急に、それもこんな時間に。  思考を巡らせる間にも鳴り続ける電話を見つめた後、思い切って電話に出た。 「はい」  出た瞬間、電話の向こうから騒がしい音が聞こえてくる。大勢の人が集まり、語らっているような。 「もしもし?」  もう一度呼びかけると、低い笑い声がした。 「久しぶり。暁か?」 「……うん。春音?」 「そうそう」 「………」  春音が立ち上がって移動しているのか、喧騒が徐々に遠ざかる。その間、二人の間には沈黙が落ちた。  少しずつ思い出してきたのだが、春音と疎遠になったのは、何も互いに社会人になったからだけではない。龍巳に初めて抱かれた直後から、なんとなく周囲と接しづらくなり、自ら一人になることが多くなったからだ。 「……今、さ」  物思いに沈みかけた時、未だに耳慣れない低音の春音の声が言葉を紡ぐ。 「小学校の同窓会やっているんだ」 「同窓会……」 「お知らせ来なかった?」 「……分からない」  言われてみれば来ていたような気もするが、龍巳や滉一のことで頭がいっぱいで、全く気に留めていなかった。  電話の向こうで、春音がまた低く笑う。 「分からないって。……なあ、今から来ないか?」 「今から?」  時刻はとうに深夜を回っている。春音が少し酔っているのは間違いなかった。 「それが無理なら、今度二人で会わないか」  声色が変わり、急に真剣味を帯びた気がして、軽く息を呑む。 「……」 「やっぱり無理?」 「……」 「……」  暁が考え込んでいると気付いたのだろう。春音も黙り込んだ。  同窓会があったからといって、急に連絡してきて、会いたいと言ってきた理由を考える。普通であれば、このシチュエーションは恋愛ごとと結びつけるが、春音は普通に女が好きだった。  だとすれば、答えは簡単だ。単にあの時何があったのかを知り、また昔のようにと思っているのだ。 「……無理だ」  するりと、言葉が口をついて出ていた。 「なんで?」 「今、仕事が」 「忙しいっていうなら、合わせる。久しぶりに会って、近況報告とか」 「ごめん」 「……なんで?」  春音の声に、詰るような響きが加わる。 「あの時も、何があったか言わないで急に避けるようになったよな?何か理由があるんだろ?」 「……」 「あの時、無理やりにでも聞き出せばよかったな。そうすれば、まだ今でも」 「春音」 「俺は、ずっと後悔して」 「春音。……ごめん、もう、戻れない」 「さと……」  電話を切り、着信拒否設定をしようとして、手が止まる。  後ろから龍巳に抱き込まれたからだ。 「父さ……、ん」  龍巳の手が背中から下半身に伸び、まだ反応していないペニスを下着の中から取り出される。 「っ……ん、ぁ……」  やわやわと揉み込まれるうちに成長していくのを感じながら、扱いている龍巳の手に爪を立てて襲い来る快楽を堪える。 「とう……さん、はな、しが……っ」  なんとか止めさせようともがくほどに、龍巳の手の動きは激しく、的確に暁を追い立てていく。 「このままでも話せるだろ?心配するな、まだ入れはしない」 「ぁ、……あ、まっ……」  入れないとは言うものの、亀頭や裏筋をぐりぐりと刺激され、既に我慢汁が先の方から染み出していた。 「っ、ん、ンンッ……」  話しどころではなくなってきているが、ここでまた流されたら機会を失い、わけが分からなくなるまで抱かれるのが目に見えていた。そうなる前に、何としてでも。  そう思った暁は、咄嗟に今までしなかったことをした。 「っ、ん……」 「!」  首を捻り、後方にいる龍巳にキスをしたのだ。  龍巳が驚き、一瞬手が止まった隙に、囁いた。 「父さん……いや、龍巳さん。あなたは一体誰?」  
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