やすむ、やすむ。

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「頂上まであとちょっとなのに。頂上で食べるお昼ごはんなくなっちゃったじゃないか」  死ぬほど重い思いをして、まるまる太ったリュックサックを背負って山登りを開始した僕。さすがにこれだけあれば十分だろう、なんて思ったのが甘かった。彼女ときたら、歩きながらでも平気でぱくぱく食べるのである。サンドイッチもおにぎりもスナック菓子も、みるみる彼女の胃袋に消えて行ってしまった。残ったのは、殆ど空になった可哀相なリュックサックと、自分のご飯まで見事に喰われてしまった哀れな僕のみである。 「……どうすんのこれ。僕はまあ、一般的な人間なんで?多少は我慢できるんですけど?君は?」 「無理ね!」 「即答かいな」 「いやほんと、もう既に眩暈がさ。結構ヤバいのよね。どうするかなーこれ」  君はもう少し、自業自得という言葉を理解した方がいい。僕は歩きながらペットボトルを開け、水を一口飲む。唯一の幸いは、彼女が大食いでありながら水はさほど消費しないタイプであるというべきか。四月とは思えないほど蒸し暑い日である。水まで同じ量消費されてたら、僕の方が完全に干からびてしまっていたところだ。  頂上の山小屋まで、果たしてもってくれるだろうか。ぶーぶー文句を言う歩美の眼が段々据わって来ている。こりゃ本当に限界が近いな、とため息をついた。  幸い、僕も歩美も山登りは初心者なので、今回もさほどハードなコースは選んでいない。家族連れでも登ることができるような小さな山、綺麗に舗装されたハイキングコースをてくてく登っていくのみである。気温は高いが、そこそこ風があるのが救いだろうか。林の中に入って行けば木陰も増え、暑さも多少マシになってくる。目の前を、鮮やかな青い蝶がひらひらと横切っていった。一体なんて種類なのだろう。あとでネットで調べてみようか、なんてことを考える。  山登りの醍醐味は、こうして歩きながら自然を楽しむことにあると思っている。健康のため、ダイエットのためだけに歩くなんて実にもったいない。道中に見える、町にはない自然をゆったり感じて歩き、頂上から豆粒のように小さくなった町と雄大な森林を見下ろして達成感に浸る。歩美もそういう楽しみ方ができればいいのにと思うが、きっと今の彼女はおなかがすいて完全にそれどころではないのだろう。
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