やすむ、やすむ。

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 山小屋に食糧があればいいのだけど、と願わずにはいられない。昔友人と一緒に行ったとある山では、山小屋周辺に書き氷やカレーの店が出ていたのを覚えている。頂上のベンチでお喋りしながら食べるそれらは、高揚感もあいまって格別の味だった。できれば歩美にも、そういう“山登り特有の満足感”を味わってもらいたいところであるのだが。 「あー」  唐突に、少々とろけた声が聞こえた。 「あんなところにキノコがー」 「!?」  嫌な予感しかしない。僕が振り向けば、彼女がふらふらと道端の木陰に向かって歩いて行っているではないか。その視線の先には、木の根元あたりににょきにょきと生えた白くてまるっこい傘が。  まずい。彼女はキノコが大好物なのだ。 「だ、だめだめだめだめ!絶対にだめー!!」  目がイッちゃっている彼女の腕を慌てて引っ張る僕。 「君は馬鹿なのか!?知識もない素人が、道端のキノコなんか食べたら死ぬって!」 「大丈夫よお、白くてとっても可愛いし、美味しそうだし……」 「素人は白いカサのキノコは食べちゃいけないってことくらい僕だって知ってる!白いのはヤバいキノコが多いんだよ、エノキダケじゃないんだから!!内臓スッカスカのスポンジにされて七転八倒して死にたいのー?」 「私なら大丈夫ーたぶんー」 「その謎の自信と根拠はなにー!?」  だって普通の人間の胃袋じゃないしー、なんてことを言っているが。確かにそれも間違ってないが。だからって、道端の正体不明のキノコを生のまま食べようとしている彼女を止めない理由があるだろうか、いや、ない! 「うー、じゃああの白いのはやめる。代わりにあの赤くて手みたいな形のやつをー……」 「それもっとヤバいキノコだからー!!」  というかアレは、どっかの保健局に通報しないとヤバいレベルの、いわゆる史上最強の毒キノコというやつだったのでは。毒もやばいが味も激マズと聞いているし、大体あんなキノコとも思えないような姿のものを何故食べようと思うのか全く理解できない。  彼女を引っ張りつつ、携帯を出した僕はがっくりと項垂れた。見事に圏外。山だから、多少電波が届きにくいエリアがあるのは仕方ないことなのかもしれないが。
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