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日頃鍛えておいて本当に良かった、と思う。見た目ほど距離はなかったが、途中に急な坂道があった。僕がもう少し貧弱だったら、こんなに早く戻ってくることなどできなかったはずである。
小さな弁当屋さんは、僕が六人前も買ったのを見て驚いていた。最近の若い人はたくさん食べるのね、なんて言われてしまっては苦笑するほかない。すみません僕が食べるのは一個だけで、残り五人前は妻のものなんです、なんて言えなかった。
元の山小屋まで戻ってくるまで、それこそ三十分くらいしかかかっていないはずである。しかし山小屋に近づくにつれ、僕は“あちゃあ”となった。小屋のドアが開けっ放しになっている。僕は慌てて周辺を探した。案の定、彼女は木の根元に座り込んで再び何かに手を伸ばそうとしているではないか。
「歩美!キノコは喰うなつったろ!?」
「!」
慌てて振り返る歩美。
「た、食べてない!キノコ食べてない!」
「食べようとしてたろ今、明らかに」
「ま、まだ食べてないから!ちょっと足らなくてつまみぐいしたいなーって思っただけで!」
「つまみ食いでもダメなの!!」
辺りはしん、と静まり返っている。山小屋の中を覗き込んで、僕はため息をついた。床に転がっている彼女の荷物を持ち出す。ちょっとべたべたして気持ち悪い。このリュック、新品だったというのに。
「お弁当持ってきたから、そっち食べなさい」
それから、と僕は彼女の姿をまじまじと見て言う。
「近くに沢があったから、ちょっと水浴びしてからね?その格好、人に見られたらどうすんの。髪の毛までべったべたじゃん。すっげー酷い臭いなんだけど?」
「あ、ごめん!」
少しは空腹もマシになったのだろう彼女は、両手を合わせて謝ってきた。ちょっと体を屈めての、上目使い。はっきり言って、滅茶苦茶可愛い。例えその顔まで、どろどろの液体個体で汚れていても。
――もう、そんなんで誤魔化されないっつーの。……結局赦しちゃう僕も僕なんだけどさ。
ああ、まったく。
人外の嫁を持つと、苦労する。
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