3人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
家に帰ると、ぼくは晩ご飯を一気にかき込んだ。
お母さんがぼくをジロリとにらむ。
「カケル、よくかんで食べなさい」
「お母さん、ぼくには時間が残されてないんだ」
「……映画の主人公じゃあるまいし。時間はたっぷりあるでしょ」
あの後、グラウンドで日が暮れるまで練習したけど、ツバサのコントロールはうまくできなかった。これができなければ、まっすぐ飛ぶことはおろか、上昇も下降もできない。
ぼくにできるのは、ソラに手を引かれて浮かび上がった後、その場にピタリと静止することだけだった。
『連休明けは、わたしが迎えにきてアゲル。家の前で待ってなさい』
とソラは得意気に言った。なんて上から目線なんだ。
連休はあと二日ある。それまでにツバサのコントロールをマスターし、ソラを驚かせてやろう。
「ごちそうさまっ」
晩ご飯を食べ終えると、ぼくはすぐに布団へ潜り込んだ。明日は朝から練習するぞ。
(……そういえば、今日は時間が経つのがとても早かったな)
この一日で起きた色んなことを思い出していると、いつの間にか夢の中に落ちていた。
次の日の朝、ぼくはランド・セイルを背負って庭に出た。
学校のグラウンドと比べたら全然狭いけど、ツバサのコントロールを練習するぐらいの広さはある。
「絶対飛べるようになってやる」
両手でほほを叩き、気合を入れて練習をはじめた。
けど、開始して十分も経たないうちに、ヒザをついてしまうのであった。
「うう、気持ち悪い……」
昨日と同じように、空中をグルグルと回転してばかり。ちっとも上達しない。
十年間も不器用な人間をやってきたんだ。一日も経たないうちにできるようになる、なんてマンガみたいな奇跡は起こらない。
(ソラに教えてもらった方がいいのかな?)
昨日の帰り際、ソラとは連絡先を交換していた。頼めば来てくれるかもしれない。
――いや、だめだ。それなら飛べるようになっても、ソラを驚かせることができなくなってしまう。
それに、
『これも、わたしの指導のおかげね』
なんて言われかねない。
……もっと頭を使ってみよう。
”フライ”と唱えると、ツバサから地磁気と反発するエネルギーが光となって放たれる。だから、ツバサの向き――つまり腕を伸ばした方向と反対に進む。
ロケットと同じ原理。単純明快だ。
ただ、このエネルギーは人間を一人飛ばすほど大きなものだ。左右の腕の向きがちょっとずれるだけで、変な方向に飛んでいってしまう。こんな風に。
――ガサガサガサッ!
ぼくは庭に生えた木々に突っ込んだ。葉っぱが口の中に入り、ペッと吐き出す。
(頭の中では、鳥みたいに飛んでるんだけどな)
結局、何の進歩もなく一日目が終了。二日目も朝から練習を続けたけど、状況は変わらず。あっという間に日が暮れてしまった。
今日で連休は終わる。このままでは明日、ソラと仲良く手をつないで登校することになる。改めて想像してみると……恥ずかしいぞ。
それに、もし新しいクラスメイトに見られたとしたら、
『おい、見てみろよ。あれが都会から来た転校生だって』
『うわあ、補助つきで飛んでるじゃねえか。カッコ悪い』
と初日からマイナスの印象になること間違いない。
かくなる上は――、
「お母さん、明日の朝は一時間早く起こして」
「別にいいけど……ソラちゃんって子が迎えに来てくれるんじゃなかったの? そんなに早く起きなくても間に合うわよ」
「ちょっと予定が変わったんだ」
晩ご飯を食べた後、ぼくはお母さんにお願いした。
次にスマホでソラにメッセージを送る。
『明日はやっぱり自転車で学校へ行くよ』
『オッケー』
ソラからの返信を受け、ぼくはニヤリと笑う。
これで準備は整った。あとはしっかり寝て、体力を一〇〇パーセントにするだけだ。
最初のコメントを投稿しよう!