2話 ようこそ、空の世界へ

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「ついにコツをつかん――うわっ!」  油断した瞬間、バランスを崩してしまい、慌てて地面に下りた。  いきなりうまくいくわけないか。でも、飛べる距離は一気に伸びた。振り返ると、一〇メートルは進んでいる。 (この調子なら何時頃に学校へ着くかな)  ぼくはポケットからスマホを取り出し、時計と学校までの距離を確認した。 「……やばい、このままじゃ遅刻だ!」  飛ぶ距離が伸びたぐらいで喜んでる場合じゃない。ランド・セイルを使えないことより、初日から遅刻する方が恥ずかしい。  ぼくは急いで通学路を飛んでいく。もっと高く浮かんで一直線に学校へ向かいたい。けど、もし田んぼの上でバランスを崩したらドロだらけだ。道路に沿って進むしかない。 (ようやく、見えてきた……あと少し)  目に映るのは、特徴的な緑色の三角屋根。今日から通うことになる酉紀(とりき)小学校の校舎だ。  ぼくは歯を食いしばり、最後の力を振り絞った。  校門まで残り一〇〇メートル。学校に着くまで、もう地面に足をつけてたまるもんか。 「――やった、ゴール!」  校門をくぐった瞬間、ぼくはランド・セイルをその場に下ろし、仰向けに寝転がった。  時間はギリギリ。あと数回バランスを崩したら、間に合わなかっただろう。  息を整えていると、頭上から女の子の声が聞こえる。 「カケル、なかなかやるじゃん」 「あ――ソラさん」    赤いランドセルを背負ったソラがぼくを覗き込んでいた。 「呼び捨てでいいよ。同い年なんだし」  りょーかい、とぼくは寝転がったまま言った。 「ランド・セイルを使いはじめてから、たった二日でここまで上達するなんてね。家を出た時と比べてもうまくなってたと思う。……けどあんな飛び方、力技過ぎるでしょ。頭は悪くないと思ってたけど、認識を改めないといけなそうね。カケルはランド・セイル馬鹿だ」 「そこまで言わなくてもいいんじゃない?」  ぼくの抗議に、ソラはカラカラと笑った。  あれ、とぼくは疑問に思う。 「……なんで家を出た時のことを知ってるの?」 「『自転車で学校へ行く』なんてメッセージをわたしが信じると思った? 朝早くからカケルの家で張り込んでたのよ」 「見てたんならアドバイスしてくれよ!」  最初からソラに後をつけられていたのか。  こっそりと頑張っていた姿を見られるのは、何だか気恥ずかしい。今、ぼくの顔はソラのランドセルと同じ色になっているかもしれない。   「――ようこそ、空の世界へ。カケル、歓迎するよ」  ソラが差し出した手を握り、ぼくは立ち上がる。  その時、気づいた。冷めた性格のぼくが、ここまで頑張った本当の理由に。  ぼくはソラを驚かせたかったわけでも、クラスメイトに馬鹿にされるのが恥ずかしかったわけでもない。  ――鳥のように空を飛んでみたい!  昔抱いた夢を叶えようとしていたんだ。  あれこれ他の理由をつけたくなるほど、子どもっぽい夢を。   「ほら。のんびりしてると、授業がはじまるよ」 「わ、ちょっと待って」  空を飛べたといっても、まだほんの少し。今のぼくは飛ぶのが下手なニワトリみたいなもんだ。もっともっと練習して、自由に空を駆けてやる。  そう誓った時、冷めていた心が熱くなっていることに気づく。ぼくはわずかに口元を緩め、ソラの後を追いかけていった。  ランド・セイル、それはぼくが出会ったはじめて夢中になれるもの。  これまでいくら目の前を探しても見つからなかったわけだ。だって、それは背中に生えるものだったのだから。
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