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「ついにコツをつかん――うわっ!」
油断した瞬間、バランスを崩してしまい、慌てて地面に下りた。
いきなりうまくいくわけないか。でも、飛べる距離は一気に伸びた。振り返ると、一〇メートルは進んでいる。
(この調子なら何時頃に学校へ着くかな)
ぼくはポケットからスマホを取り出し、時計と学校までの距離を確認した。
「……やばい、このままじゃ遅刻だ!」
飛ぶ距離が伸びたぐらいで喜んでる場合じゃない。ランド・セイルを使えないことより、初日から遅刻する方が恥ずかしい。
ぼくは急いで通学路を飛んでいく。もっと高く浮かんで一直線に学校へ向かいたい。けど、もし田んぼの上でバランスを崩したらドロだらけだ。道路に沿って進むしかない。
(ようやく、見えてきた……あと少し)
目に映るのは、特徴的な緑色の三角屋根。今日から通うことになる酉紀小学校の校舎だ。
ぼくは歯を食いしばり、最後の力を振り絞った。
校門まで残り一〇〇メートル。学校に着くまで、もう地面に足をつけてたまるもんか。
「――やった、ゴール!」
校門をくぐった瞬間、ぼくはランド・セイルをその場に下ろし、仰向けに寝転がった。
時間はギリギリ。あと数回バランスを崩したら、間に合わなかっただろう。
息を整えていると、頭上から女の子の声が聞こえる。
「カケル、なかなかやるじゃん」
「あ――ソラさん」
赤いランドセルを背負ったソラがぼくを覗き込んでいた。
「呼び捨てでいいよ。同い年なんだし」
りょーかい、とぼくは寝転がったまま言った。
「ランド・セイルを使いはじめてから、たった二日でここまで上達するなんてね。家を出た時と比べてもうまくなってたと思う。……けどあんな飛び方、力技過ぎるでしょ。頭は悪くないと思ってたけど、認識を改めないといけなそうね。カケルはランド・セイル馬鹿だ」
「そこまで言わなくてもいいんじゃない?」
ぼくの抗議に、ソラはカラカラと笑った。
あれ、とぼくは疑問に思う。
「……なんで家を出た時のことを知ってるの?」
「『自転車で学校へ行く』なんてメッセージをわたしが信じると思った? 朝早くからカケルの家で張り込んでたのよ」
「見てたんならアドバイスしてくれよ!」
最初からソラに後をつけられていたのか。
こっそりと頑張っていた姿を見られるのは、何だか気恥ずかしい。今、ぼくの顔はソラのランドセルと同じ色になっているかもしれない。
「――ようこそ、空の世界へ。カケル、歓迎するよ」
ソラが差し出した手を握り、ぼくは立ち上がる。
その時、気づいた。冷めた性格のぼくが、ここまで頑張った本当の理由に。
ぼくはソラを驚かせたかったわけでも、クラスメイトに馬鹿にされるのが恥ずかしかったわけでもない。
――鳥のように空を飛んでみたい!
昔抱いた夢を叶えようとしていたんだ。
あれこれ他の理由をつけたくなるほど、子どもっぽい夢を。
「ほら。のんびりしてると、授業がはじまるよ」
「わ、ちょっと待って」
空を飛べたといっても、まだほんの少し。今のぼくは飛ぶのが下手なニワトリみたいなもんだ。もっともっと練習して、自由に空を駆けてやる。
そう誓った時、冷めていた心が熱くなっていることに気づく。ぼくはわずかに口元を緩め、ソラの後を追いかけていった。
ランド・セイル、それはぼくが出会ったはじめて夢中になれるもの。
これまでいくら目の前を探しても見つからなかったわけだ。だって、それは背中に生えるものだったのだから。
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