3話 街上空、はじめてのレース

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「カケル、慌てないで。まずはリクについていくことを心がけなさい」 「りょーかい!」  ランド・セイルから聞こえるソラの声。  振り返ると、ソラがぼくを追いかけるように飛ぶ姿が見えた。なるほど。ナビゲーターも飛びながらサポートしてくれるのか。 「リクとの差がどんどん広がってる。なんでこんなにスピードが違うんだ」 「速く飛ぶには、飛ぶ時の姿勢が重要よ。もっと体を前に倒し、なるべく地面と平行にするの」  ソラに言われて、ぼくは体を前に倒していく。耳に届く風の音が大きくなり、スピードがグンと上がった。 「――空気の抵抗を減らしたのか」 「その通り。反対に体を起こすと減速する。ツバサのコントロールと組み合わせれば、色んな飛び方ができるようになるよ」  ただ目的地に向かって飛ぶのなら、腕の向きだけ注意すればよかったけど、レースとなると体の傾きまで意識する必要があるのか。おもしろい。 「でもこの体勢……少し気を抜いただけでアウトだね。変な方向へ飛んでいってしまいそう」 「ええ。このスピードなら、ちょっとツバサのコントロールを誤るだけで、即落下よ」  ぼくは地上の様子をチラリと見る。田畑が広がるのどかな田園地帯。安全装置があるから、ケガの心配はないとはいえ、ドロだらけになるのは嫌だ。 「ソラ、まだリクとの差が少しずつ広がってる。なんでだろう?」 「……リクはランド・セイルをカスタマイズしてるのかも」 「へ? カスタマイズ?」 「ランド・セイルには三つのタイプがあるの。自分の特徴に合わせてカスタマイズすると、より早く飛べるようになる」  おいおい。そんな話聞いてないぞ。 「一つ目が『ノーマル』。カケルやわたしのように、カスタマイズしていないタイプ。どんなコースでも平均的に速い」 「……つまり他の二つのタイプは、コースによったらノーマルタイプよりも速いってことか」 「ええ。二つ目は『スプリント』。スピードは出るけど小回りが利かないタイプ。三つ目が『スラローム』。小回りが利くけどスピードが出ない。つまりスプリントの反対ね」 「ノーマルタイプのぼくよりも速い――リクはスプリントタイプか」 「多分ね。直線では勝ち目がない。勝負をかけるのは、ランドマークに辿り着き、飛ぶ方向を変える瞬間よ」 「りょーかいっ!」  ぼくはリクとの距離を目算する。もう一〇メートルは開いてしまっただろうか。 「目の前に赤い鳥居が見える? その神社の裏手に大きな木があるはずよ。それが一つ目のランドマーク」  田園地帯の中にある、小島のような林。そこに朱色の鳥居が見えた。  ランドマークといえば、都会では高層ビルやタワーだけど、この街にそういうものはない。自然や特徴的な建物がランドマークになる。 (神社の裏手に大きな木? 見あたらないぞ)  すぐにぼくは間違いに気づく。見あたらないわけではなく、すでにぼくの視界はそれを捉えていた。目の前にあるのは林ではない。一本の巨大な木だったのだ。   「……これが一つ目のランドマーク」 「センダンの木よ。高さ二〇メートルはあるかな」 「こんな大きい木、都会では見たことがない」 「驚くのはそこまで。集中しなさい。ここで差をつめるのよ」 「よーし、見てろ」  先を行くリクが、まずセンダンの木に近づく。リクは木の横を通過する直前、ぼくの方を振り返り、ニヤリと笑った。 (――何かするつもりか)  次の瞬間。  リクの背中にある二つのツバサの一つから溢れる光が、急激に大きくなる。リクはそのままスピードをまったく落とすことなく方向転換した。  ここで差をつめるはずが、さらに離されてしまった。 「ソラ! 方向転換する時、まったくスピードが落ちなかったぞ。むしろ加速していたぐらいだ」 「もしかして……。いや、今は気にしている場合じゃないわ」 「どうしたらいい?」 「このまま追いかけるしかない」  センダンの木へ近づく。よし、ぼくもリクのような華麗な方向転換を――。 「……ってダメだー!」 「まあ、そうなるよねえ。こうなることが分かってたから、まだ勝負したくなかったのよ……」  ソラはため息まじりに言った。  ぼくは方向転換できず、センダンの木を勢いよく通り過ぎてしまったのだ。こんな速いスピードで方向転換するスキル、ぼくはまだ持っていない。  ぼくのはじめてのレース、これにて終戦――。
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