3人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
ゴールへ向かって飛ぶ最中、ぼくはリクへ質問する。
「――今日、授業が終わった時のことを覚えているかい?」
「急に何を言ってるんだ?」
「キミはこう言った。『ずいぶん早く準備ができたようじゃないか』と」
「それがどうした。レースには負けたが、帰る準備の早さでは勝ったとでも言いたいのか?」
「そんなことを誇るつもりはないよ。準備があんなに早くできた理由をキミに教えたいんだ」
リクはいぶかしい目でぼくを見た。
「ちょっと、カケル! こんな状況で何関係ないことを話してるのよ」
「いや、これはとても重要なことなんだ――なぜなら、ぼくがこのレースに勝つ理由なのだから」
校門をくぐり抜けるため、ぼくとリクは少しずつ高度を下げていく。この先、障害物はまったくない。純粋な直線のスピード勝負だ。
ゴールまで、あと二〇〇メートル。
「なぜ帰る準備を早くできたか。その理由は簡単。帰る準備をまったくしなかったからさ」
「……転校生、何が言いたい?」
「つまり、ぼくはすべてを学校に置いてきた。教科書もノートもね」
「まさか……」
そう、ぼくの背負っているランドセルの中身は空っぽだ。
以前、ソラから聞いた言葉。
――体重が重い人ほど、バッテリーの消費が激しいの。飛ぶために大きなエネルギーが必要だからね。
「分かったかい? ぼくにはまだ少しだけバッテリーに余裕がある。つまり――」
「ここまで来て……負けてたまるか!」
校門まで残り一〇〇メートル。ぼくはゴールに向かってまっすぐ伸びる道路へ急降下しながら、叫ぶ。
「これが正真正銘――最後の”ブースト”だっ!!」
地面スレスレの位置で加速したぼくは、道路を這うように疾走する。バッテリーはもうほとんど残っていない。ランド・セイルからの警告が響き渡り、ブーストとバッテリーがブツリと切れた。
すぐに安全装置が作動し、ぼくが着地した場所――それは校門の内側だった。
「オレの負けだ――」
振り返ると、自分の髪をクシャクシャと触るリクの姿があった。
「よしっ! 勝った……!」
ぼくは両手を空に掲げ、喜びを爆発させた。
「だがな。ランドセルを空っぽにするなんて、卑怯だ! 置き勉なんてしたら、イケちゃんに怒られるぞ」
「ふふん、問題ないよ。今から教科書とノートを取りに行くつもりだからね」
リクがぽかんと口を開けた。
ちょっとズルい作戦だったけど、スキルと経験の差があることを分かって勝負してきたリクも悪い。それにこの一週間何の努力もしなかったのなら、どんな作戦を練ったとしても勝てなかっただろう。
リクもそれに気づいたのか、ぼくを責めるのを止めた。このレースのおかげで、ぼくはスズメからツバメぐらいに進化したかな。
「これで一勝一敗だ。オレはまだ負けてないってことだよな?」
「何都合のいい解釈してんだよ!」
ぼくは思い切りリクにツッコんだ。
リクは悔しそうな嬉しそうな不思議な表情を浮かべ、ぼくに向かって手を差し出す。
「――だからカケル。また勝負しようぜ」
「まあ……いいけど」
リクの手をがっしり握った。
この瞬間、リクの中でぼくは『転校生』から『友達』にランクアップしたらしい。ぼくは「へへ」と鼻をこすった。
しばらくして、ナビゲーターを務めていたソラが戻ってきた。
「さすがわたしの一番弟子。まさかあんな作戦を考えていたとはね」
「驚いた? 『何でもいいからぶち抜け』なんて作戦より、ずいぶん知的だったでしょ」
「……ふん。ま、すべてはわたしの育て方がよかったからだね」
「だから、手柄を横取りするなって!」
ぼくがムキになって怒ると、ソラとリクが笑った。
二人が笑い続けるので、ぼくもつられて笑ってしまった。
教科書とノートを取ってきた後、ぼくたちは夕焼けの空へ向かって飛び立つ。
通学路を飛んでいると、仲良く飛ぶ三羽のツバメを見つける。
ぼくは誰にも見えないように、小さな笑みを浮かべた。
最初のコメントを投稿しよう!