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引越しする日は、次の三連休に決まった。
勉強道具やおもちゃをダンボールに詰めると、結構な数になった。生まれてまだ十年なのに、荷物がこんなにあるとはね。
ぼくが大人になったら、家の中は荷物だらけになるに違いない。
転校が決まったことを友達に告げると、お別れ会を開いてくれた。
インターネットがあるから距離は関係ないと思っていたけど、友達の寂しそうな顔を見たら、思わずホロリときた。
ああ、本当にぼくは引越しするんだ。この時、ようやく実感した。
迎えた連休の初日、ぼくは家族と一緒にたくさんの荷物を積んだトラックを見送った。
住み慣れた街とも今日でお別れ。
ぼくはお父さんの運転する車に乗り込む。いよいよ酉紀町へ出発だ。
「それじゃあ、行くぞ」
お父さんの声とともに、車が走り出す。
車の窓に、見慣れた大きなビルやマンションが映る。街から離れるにつれて、建物は小さく見知らぬものに変わっていった。
景色を見てると、頭がボーッとしてきた。ぼくは目を閉じ、まぶたの裏に新しく住む街を想像した。
「……おーいカケル、着いたぞ」
お父さんの声で目が覚める。どうやら引越し先に着いたらしい。
ぼくは車の外に出て、思い切り背伸びをした。
「たしかにものすごい田舎……」
見渡す限り広がるのは、山と田んぼと畑。建物はぽつぽつと見える程度である。隣の家に目を向けると、少なくとも一〇〇メートルは離れていた。
そういえば、都会ではたくさんあったコンビニが見えない。きっとぼくが眠っている間に、この世界から消えたんだろう。
「どうだい、カケル。いい街だろう?」
「うん。勉強に集中できそうで嬉しいよ」
「それはよかった」
お父さんは満足そうにうなずいた。
(……いやいや、お父さん。皮肉だから)
「お父さんとお母さんは、これから掃除と片付けだ。カケルはこれから新しい小学校へ行ってきてくれないか? 受け取らなきゃいけないものがあるらしいんだ」
「いいけど、今日って学校休みなんじゃないの? 連休中だし」
「それは心配ない。担任の先生が来てくれてるそうだよ」
ちょっと面倒くさい。まあ、家の片付けを手伝うより、街を探検する方がおもしろいか。
「――おっと、忘れてた。先生が『必ずランドセルを持ってきてください』って言ってたな。カケルの荷物はそこに固まってるから、探してみて」
「りょーかい」
ぼくはダンボールの山の中から青色のランドセルを取り出した。
晴れた空と同じ色が気に入ってるんだ。長く使ってきたから、所々にキズが目立つようになってきた。あと一年と少しの間、よろしく頼むよ。
前の家から運んできた自転車にまたがり、スマホで小学校までのルートを検索した。
「えっと……徒歩なら三〇分、自転車なら一〇分ってところか」
ぼくはスマホをポケットにしまい、頭の中にルートを描きながら出発した。
「お、いい風」
ペダルをリズムよくこいでいると、ぼくのほほに風が当たる。都会で吹く風より、不思議と心地よい。
田畑の間を通る道に、ぼく以外の姿は見あたらなかった。都会だと車に注意する必要があったからスピードを出せなかったけど、この街ではそんな心配は不要だ。
(まあ、田舎も悪くないね)
ぼくは腰を浮かせ、さらにペダルに力を込めた。
(このスピードなら、予想より早く学校に着きそうだ)
笑みを浮かべて通学路を進んでいると、空を飛ぶ何かが見えた。その物体からは、不思議な光が飛行機雲のように伸びている。
「まさか、UFO!?」
UFO、つまり宇宙人の乗り物ともいわれる未確認飛行物体。
こんな田舎に何の用が――ってよく見ると、ただの女の子か。まったく、驚ろいたじゃないか。
(……いや、待て。女の子でもおかしい!)
その女の子は、赤いランドセルを背負い、鳥のように悠々と空を飛んでいた。
「もしかして、あれがランド・セイ――ってうわあ!」
上を見ながら運転していたせいで、ハンドル操作を誤り、盛大にコケてしまった。
「イテテ……」
ぼくは体を起こし、ケガの具合を確かめる。かすりキズ程度で大きなケガはない。空を飛ぶ女の子に見とれ、知らず知らずのうちにスピードが落ちていたのだろう。
「あの女の子は……どこ?」
慌てて顔を上げた。辺りをキョロキョロと見渡すと、頭上に女の子の姿を見つける。
彼女は、光をまといながらゆっくりと地上に下りてきた。足が地面についた瞬間、光は音もなく消える。
ぼくはその様子を、口をぽかんと開いたまま見つめていた。
……宇宙人じゃないよね?
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