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リクはダイチをリードしたまま、再びグラウンドへ戻ってきた。そのまま先頭でソラへバトンをつなぐ。
ダイチは悔しそうな表情で、マイへバトンを渡した。ただ、六年生チームとの差はほんのわずか。油断はできない。
「先頭集団がニ走目に入りました。しかし、なぜか先頭を行くソラ選手の飛行が安定しない!」
まっすぐに学校の敷地を出るはずが、ソラはフラつきながら飛ぶ。そのチャンスをマイは見逃さなかった。
「その隙をついて、マイ選手がソラ選手をかわした! 再び六年生チームが先頭に立つ」
ソラのマイクを通して、マイの声が聞こえてくる。
「まさか、こんなに簡単に抜けるなんて。ソラさんたら、去年より遅くなってるんじゃありませんの?」
「……」
「あらあら、言い返すことさえできないなんてね。このままわたくしのテクニックを後ろで見ていなさい!」
マイとソラは学校の敷地の外へ飛び出すと、円を描くように周囲を回りはじめる。すぐにソラがマイのスリップストリームについた。
「フフ、いつまでわたくしについて来られるかしら」
「……」
「――え、なぜですの!?」
パブリックビューイングを見ていた観客が、一斉に歓声を上げた。
「また順位が入れ替わった! そのままソラ選手がマイ選手をジリジリと引き離していきます」
マイが驚きの声を上げる。
「そんな馬鹿な。同じノーマルタイプのはずなのに、どうして引き離されてしまうのです!」
「……ククク」
「何がおかしいんですの?」
「ハーハッハ! このいつも偉そうなお嬢様に一泡吹かせてやったわ。聞こえてるカケル? 作戦は成功よ」
「……ああ、とてもよく聞こえてる」
セリフだけ聞いてると、ぼくたちは悪者役みたいだな。
「マイ。さっき『同じノーマルタイプのはずなのに』と言ったよね。それは間違い。わたしはスプリントタイプなのよ」
「それはおかしいですわ! スプリントタイプの場合、スピードがつき過ぎてしまい、もっと外へ膨らみながら飛ぶはずです」
「……言い直すわ。わたしは片方のツバサだけ、スプリントタイプにしたの」
カメラに映るマイの表情が固まった。
イケちゃん先生が、ここぞとばかりに語りはじめる。
「ソラ選手は、ツバサの片方だけスプリントタイプにカスタマイズしているようです。左右のツバサから放出されるエネルギーに差があるので、まっすぐ飛ぼうと思っても曲がってしまう。これがスタート時に不安定だった理由でしょう」
「なぜ、わざわざそんなことを?」
実況からの疑問に、先生は一呼吸おいて答える。
「直線では不利ですが、円を描くように飛ぶこのコースでは有利に働きます。ソラ選手はまっすぐ飛ぼうとするだけで、自動的にカーブに沿って飛ぶことができるのですから。さらに、ノーマルタイプよりスプリントタイプの方がスピードが速い。たとえ片方のツバサだけだったとしても、マイ選手との差を広げることができるのです」
先生の解説に、実況と観客から驚きの声が上がった。
マイの悔しがる声がしばらく続いた後、聞こえなくなった。ソラとマイの差が広がり、マイの声をマイクが拾えなくなったのだろう。
(――決着はついた。あとはぼくがこのリードを守り切れば優勝だ)
三走目の選手たちが、慌しく準備をはじめる。順位に従ってスタート位置に並ぶため、ぼくの隣にハヤトが立った。
「ハヤトさん。これほどの差があれば、あなたでもぼくを抜くことは不可能でしょう」
「今の差なら難しいね。でも――あと少し差が縮まれば可能だよ」
ハヤトがクスリと笑った。
その時、ランド・セイルのスピーカーから、再びマイの声が聞こえてきた。差がつまってる――?
「まだあきらめていませんわよ!」
「くそ、しつこい!」
グラウンドに戻ってきたソラとマイを、観客の大きな声援が迎えた。
「二走目の最後は直線。ソラ選手の飛行が不安定になったところをつき、マイ選手が一気に差をつめてきました!」
バランスを崩しながら、ソラがこちらへ向かって飛んでくる。
この距離なら、ソラがマイに抜かれることはないだろう。けど安心できる差ではなくなってしまった。
「ソラ、あとは任せろ!」
「カケル、絶対トップで戻ってきて!」
ぼくはトップを死守したソラからバトンを受け取った。
「――どうやら、差が縮まってしまったようだね」
瞬間、ハヤトがつぶやいた。とても小さな声だったが、ぼくの頭の中に強く響いた。
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