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「先頭集団のバトンがアンカーへと渡りました! トップを行くのは五年生のカケル選手。それを追いかけるのは、学校最速と目されるハヤト選手。いよいよ大詰めです!」
ぼくのランド・セイルにナビゲーター役を務めるソラの声を届く。
「カケル。ハヤトとの差はジリジリと縮まってる!」
「――早速来たか」
振り返ると、ハヤトがぼくを射貫くような視線でにらんでいた。これがハヤトの本気。
「先頭を争う二人がトラックの周回に入りました。これから二周する間に、高度二〇〇メートルまで上昇していきます! 一体どちらが先に到達するの……えっ!?」
実況の声がつまると同時に、観客のどよめきが広がっていく。
それはそうだろう。ぼくがまったく予想外の進路を取ったからだ。ハヤトが上昇しながらトラックを周回するのに対し、ぼくは上昇することなく水平にトラックを周回したのだ。
上下に別れる瞬間、ハヤトと目が合ったが、先ほどの険しい表情は消え、困惑が支配していた。
「ソラ、キミの兄を驚かすのに成功したよ」
「へへ、これからもっと驚いてもらわないとね」
顔を上げると、ハヤトがクイックブーストを使って上昇する姿が見えた。ハヤトのランド・セイルから出る光の軌跡が、図形となっていく。
「なんと、カケル選手はトラックを水平に回りはじめました。これは一体どういう作戦なのか! それに対し、ハヤト選手は見たことのない動きとスピードで、高度二〇〇メートルへ向かっていきます!」
「あれは短時間だけ超加速するオリジナルコマンドですね。カーブも『く』の字を描くように飛ぶことで、無駄な減速がありません。素晴らしいテクニックです」
実況とイケちゃん先生の言葉に、観客から感嘆の声が上がる。
ハヤトは上空に美しい光の六角形を作り上げた。みんなの視線が空へと注がれ、地上付近を飛ぶぼくに注目する人はほとんどいないだろう。
「ハヤトは今トラックを一周回ったところだ。クイックブーストを連発しているが、カケルの方がリードしてるぜ。上昇していない分、飛ぶ距離が短いおかげだな」
「予想通りだね。このまま二周目に入る!」
作戦は順調に進んでいるようだ。
ぼくは二週目も高度を変えることなく飛び続ける。
「カケル選手、まだ低空飛行を続けています! ハヤト選手より速く二周目を終えそうですが、この後、一体どうするつもりなのか――あ、これはっ!?」
実況が驚きの声を上げると、一斉に観客がぼくに注目する。
(――さあ、勝負の時だ)
「カケル、ぶちかませ!」
「ハヤトをアッと驚かせなさい!」
「ああ、二人とも見ててくれ――いくぞ、”オーバーブースト”!」
ぼくだけのコマンドを唱えた瞬間、背中のランド・セイルが輝く。ブーストの時と比べものにならないまぶしい光だ。ぼくは遥か上空を飛ぶ、ハヤトを視線の中央にとらえる。
ランド・セイルのエネルギーが爆発し、ぼくの体は高度二〇〇メートルへ向かってまっすぐ上昇しはじめる。
「カケル選手、なんと垂直に上昇をはじめました!」
「あれは、とてつもなく大きなエネルギーを放出し、通常のブースト以上の超加速を生み出すオリジナルコマンドです。実はこれもわたしが――」
「まるで宇宙へ向かって飛び出すロケットのようです! ハヤト選手にグングン迫ります」
またまたイケちゃん先生の話は遮られてしまったようだ。
普段なら笑ってしまうところだけど、今はそんな余裕は微塵もない。とてつもない加速の衝撃にぼくは気を失いそうになる。
ぼくのオリジナルコマンド『オーバーブースト』は、先生の解説の通り、大量のエネルギーと引き換えにブースト以上の超加速を行うもの。このスピードを維持するために必要なのは、とてつもないバランス感覚だ。
(最初はとんでもない方向へ飛んでいってしまったけど、今は違う!)
ぼくは練習を繰り返し、長所であるバランス感覚を極限まで高めていた。
上空に広がるのは、六角形の光の軌跡。その中心を、ぼくの作り出した一筋の光が矢のように突き抜けていく。
高度ニ〇〇メートルに到達した瞬間、ぼくとハヤトは完全に並んだ。
「……カケルくん、まさかこんな作戦を思いつくなんてね! けど、あれほど大量のエネルギーを使ったんだ。残りのバッテリーは、普通のブースト一回分ってところかな?」
「その通りです。けど、それはあなたも同じじゃありませんか? あれだけクイックブーストを使い続けたんだ。ブーストを使えるのはあと一回が限度でしょう」
ぼくとハヤトはお互いに笑みを浮かべた。
そして、空中で体の上下を反転させ――同時に叫ぶ。
「”ブースト”!!」
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