最終話 運動会、空駆けるリレー

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 ブーストの超加速に地球の重力が加わり、ぼくとハヤトは急降下していく。  視線の先に見えるのはゴールライン。ソラとリクが大きく手を上げて待っている。最後の勝負だ。 「ついにクライマックス! スピードは互角、両者完全に並んでいます。優勝するのは一体どっちだ!」  落下の風切り音に、観客の大歓声が混ざる。ハヤトとは完全に同じスピード、このままでは引き分けか――いや、待て。 「よく見ると、ハヤト選手が頭一つ抜けています。こ、これは……身長差だ! ここに来て学年の差が有利に働く!」 (ウソだろ。そんな理由でぼくは負けるのか!)  もっと牛乳を飲んでいたら勝てたかも――あきらめかけたその時、背中のランド・セイルから声が聞こえた。 「頑張れカケル! あきらめちゃダメだ!」  声が枯れるほど大きなリクの声。 「カケル、はじめて飛んだ時のことを思い出して! あの時、無茶苦茶な飛び方だったけど、すごいスピードだった。今のカケルならきっと耐えられるはずよ!」  ソラの声を聞いた瞬間、ぼくの頭の中に、はじめてランド・セイルで空を飛んだ時の記憶がよみがえる。 『あれ? 体が回転して……おろろろっ!』 『すごい! 初心者とは思えないスピードよ』  そうか。あの飛び方なら――。 「いっけー! カケル!!」  ぼくは、ツバサをほんの少しだけ傾ける。  すると、ぼくの体がドリルのように回転をはじめる。空気の壁を切り裂き、落下スピードがさらに加速する。  あの時はバランスを崩し、安全装置を作動させるしかなかった。極限までバランス感覚を高めた今のぼくなら――、 「このままゴールに辿り着いてみせる!」  突然、すべての動きがスローモーションになった。  頭の天辺から足の爪先まで、どのように自分が動いているかが分かる。一切の無駄な動きをなくし、ゴールへ向かって一直線に飛び続けた。  不思議な感覚に包まれる中、願うことはただ一つ。  ――誰よりも速く、鳥のように空を飛ぶ。  ぼくはあまりのスピードに耐えきれず、思わずギュッと目を閉じた。  そして――、 「今、ゴールインッ!」  ゆっくりと進んでいた時間が元に戻る。  ランド・セイルのバッテリーが切れ、安全装置が作動した。着地したぼくはランド・セイルを下ろすと、その場に仰向けに倒れ込んだ。  グラウンドに張り詰めるような静寂が訪れる。次の瞬間、祝福を告げる声が爆発した。 「――か、勝ったのは、カケル選手! 最後は回転しながらの超加速! 五年生が無敗の六年生を破りました!!」  ぼくは寝転がったまま、両手を空に掲げた。 (やった……勝ったぞ!)  突然、ぼくの両手が誰かにつかまれ、グッと引っ張り上げられた。 「まったく、最後までヒヤヒヤさせやがって」 「ランド・セイル馬鹿のわりには、最後は頭を使ったわね。ま、わたしのナビゲートがあってこそだけど」  手をつかんだのリクとソラだ。ぼくの目に、喜びで一杯の友達の顔が映った。 「ソラ。たまには素直にほめてもいいんじゃない?」  ソラは少し悩むような表情をした後、ぼくの耳元でつぶやく。 「……ありがとう。わたしの目標を叶えてくれて」  ぼくはクスリと笑い、「どういたしまして」と彼女にだけ聞こえるように答えた。  息を整えながら、下級生たちがゴールするのを見ていると、六年生のメンバーがやってきた。 「お前たち、なかなかやるじゃないか。まあ、こっちは手の内をすべて見せてたからな。ちょっとサービスし過ぎてしまったぜ」 「……ダイチ、言い訳は見苦しいですわよ。負けは負けです。素直に認めなさい」 「おいおい、マイ! さっきまで散々、俺の意見に同意してたじゃないか」  マイとダイチの掛け合いに、ぼくたちはクスクスと笑った。  すべてを出し切って疲れ果てているぼくたちと違い、ハヤトたちはまだ余裕がありそうだった。ダイチの言ったことは正しい。もう一度戦ったらぼくたちが負けるだろう。  ハヤトがぼくの手に肩を乗せる。 「今日、勝ったのはキミたちだ。中学校で再び戦えることを楽しみにしてるよ」  優しい笑みを浮かべるハヤト。けどその瞳から伝わってくるのは「次は絶対に負けない」という強い意志だった。  そうだ。もう一度戦って負けると感じているのなら、もっと練習すればいいんだ。今度は対等な条件で、勝ってやる。  いつも冷めていたぼくを熱くしてくれたこのワクワクした気持ち。まだまだ消えることはない。 「――これで、すべての競技が終わりました。今年の酉紀(とりき)小学校の運動会は紅組が優勝です! 本日あらゆる競技で戦ったすべての選手たちに、今一度大きな拍手を!」  ぼくとソラとリクは笑顔を交換し合った後、パチンと手のひらを合わせた。  グラウンドのあらゆる場所で大きな拍手が続く。それはしばらく鳴り止むことはなく、澄み切った青空へと舞い上がっていった。
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