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「何一人で事故ってんの?」
女の子があきれた様子でぼくをのぞき込んだ。肩の上でそろえられた髪がフワリと揺れる。
「……キミ、さっき空を飛んでいたよね?」
「うん。それがどうかした?」
「ランド・セイルって本当に存在するんだ……」
ぼくは彼女の背負う赤いランドセルを見る。そこにはツバサの形をした小さな機械が取り付けられていた。解説動画で見たものとそっくりだ。
彼女はぼくの驚き様に首をかしげた後、何かに気づいたように声を上げる。
「あ! もしかして、あなたが都会からの転校生?」
「そうだけど……なんで知ってるの?」
「連休前に、先生から転校生が来るって聞いてね。ふうん、あなたがそうなんだ。同い年って聞いてたけど、何年生? わたしより背が低いし、年下の間違いだったのかな」
ぼくはまだ成長期が来てないので背は低い方だ。この先、うんと大きくなる予定である。
いきなりぼくを年下扱いするなんて、失礼な女の子だな……ちょっとかわいいけど。
「ぼくは五年生だ。名前はカケル」
「やっぱり同い年なんだ。わたしはソラ。よろしくね」
ソラと名乗った女の子は、ぼくをジロジロと見つめる。
「それで、引越し早々、こんな所で何してたの?」
「そうだ! 学校へ行かなきゃならないんだった」
危ない危ない。目的を忘れる所だった。
ぼくは倒れた自転車を起こす。学校までのルートを確認するため、スマホを取り出した瞬間、
――プン。
と小さな音がして、スマホの画面が真っ黒になった。
「……バッテリー切れだ」
そういえば、二、三日充電してなかったっけ。
自転車でコケてケガがなかったのはよかったけど、運を使い果たしてしまったらしい。
ぼくはがっくりと肩を落とした。
ソラは何かを考えるように少し黙った後、口を開く。
「それじゃあ、わたしが学校まで案内してあげる」
「え、いいの?」
口調が乱暴なだけで本当はいい子なのかな? ぼくはありがたくソラの申し出を受けることにした。
「それじゃあ、わたしについてきて。”フライ”!」
かけ声とともに、ソラの体が浮かび上がった。
すごい……って見とれてる場合じゃないぞ。ぼくは自転車をこぎ、ソラを追いかける。
ソラは道案内がしやすいように、さっきより低い高さをフワフワと飛んだ。飛ぶスピードも自転車に合わせてくれているようだ。
曲がり角に来るたび、ソラは方向を指示する。
「ここは左に曲がって」
「次は右」
「あとはまっすぐ」
スマホのルート案内みたいだ。ぼくはクスリと笑いながら、ソラの後を追う。
もしぼくも空を飛べたなら、木や建物に邪魔されることなく、学校まで一直線に行けただろう。飛行機の『航路』のような目的地までまっすぐ飛ぶルート。きっと五分もかからない。
しばらく進むと、ぼくがこれから通うことになる酉紀小学校が見えてきた。あともうちょっとだ。
「よーし、到着。”ストップ”」
校門をくぐると、ソラが地上に降り立った。
ぼくは校舎を見上げる。都会の学校はビルのように大きかったけど、ここは二階建て。緑色の三角屋根がついていて、学校というより大きな家みたいだ。
「えっと、ソラさん。先生に呼ばれてるんだけど、職員室ってどこにあるの?」
「こっちこっち」
自転車置き場に自転車を置くと、今度は職員室までのルート案内がはじまった。
職員室は玄関を抜けてすぐの場所にあった。ソラがコンコンと軽くノックをし、ドアを開ける。
「失礼しまーす」
ぼくとソラの声が重なった。こういうあいさつは都会も田舎も変わらない。
職員室の中を見渡すと、若い女の人の姿が見えた。この人が担任の先生か。優しそうな雰囲気でちょっと安心。
「あなたがカケルくんね。それで……なんでソラさんも一緒なのかしら?」
「いやあ、たまたま途中で会いまして。道が分からないようだったので、案内してたんです」
「あなたが誰かに親切にするなんて、めずらしいわね」
先生にそんなこと言われるなんて、ソラは普段どういう女の子なんだ……。
先生はぼくに視線を移し、ニコリと笑みを浮かべる。
「はじめまして。わたしは五年生を担任している池畑と言います。これからよろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
ぼくは少し緊張しながら頭を下げた。
「……みんなはイケちゃんって呼んでるよ」
とソラがこっそり耳打ちしてきた。
先生にも聞こえていたようで「先生をあだ名で呼ぶのは止めなさい」とたしなめられた。
ぼくは思わずクスリと笑った。
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