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「今日来てもらったのは、これを渡したかったからなの」
イケちゃん先生が持っているのは、ツバサの形をした機械。ソラのランドセルについているものと同じだ。
「これがランド・セイルなんですか?」
「ええ。このツバサ型の機械がランド・セイルの本体。どんなカバンにも取り付けられるのよ。わたしは――ほら、仕事用のカバンにつけてるわ」
先生の視線の先を見ると、小さな革のリュックにツバサがついていた。
「この街で、ランド・セイルの実験を行っていることは知ってるわね?」
ぼくはコクリとうなずく。
「あなたが住んでいたような都会で、いきなりみんなが空を飛びはじめたら危ないから、各地で実験を行ってるの。酉紀町では特に子どもを対象とした実験に力を入れててね。みんなランド・セイルを使って登下校してるのよ」
「自転車より断然早いしね」
ソラがランドセルをこちらに向け、手を動かした。それと連動するようにツバサも動く。
「なので、カケルくんにも実験に協力してほしいというわけ。お父さんから許可はもらってるわ」
「え!」
「うん? どうかしたの?」
「いえ……何でもありません」
まったく。お父さんはいつも重要な話を言い忘れるんだよな。
「じゃあ早速取り付けるわよ。カケルくんのランドセルを貸してくれる?」
「はい。お願いします」
ぼくは背負ってきたランドセルをイケちゃん先生に渡した。すると、先生の目つきがギラリと妖しいものに変わる。
「ウフフフ。これを、ああしてこうして……」
ぼくはギョッとして、ソラの耳元でささやく。
「ねえ、先生の様子が急に変わったんだけど」
「イケちゃんはものすごい機械オタクなの。機械をいじりはじめるとキャラが変わるんだよね」
「へ、へえ……」
先生の第一印象を修正。優しいけど、ちょっと変な人だ。
しばらく待っていると、先生がランドセルを誇らしげに頭上へ掲げた。
「よし! 取り付け完了!」
先生が異常なほどワクワクした目でぼくを見る。……なんだか怖い。
「それじゃあカケルくん、さっそく初期設定をはじめましょう」
「新しくスマホを買った時みたいですね」
「スマホの設定よりすごいわよ。最先端のテクノロジーが詰まってるからね」
先生にうながされ、ぼくはツバサがついたランドセルを背負う。重さは今までとあまり変わらない。
「――アナタのオンセイをトウロクします」
「うわっ! コイツしゃべった」
ランド・セイルから機械の音声が流れ、ぼくはびっくりした。先生がその様子を見てクスリと笑う。
「ランド・セイルは、音声と体の動きでコントロールするのよ」
さすが最先端テクノロジー。SFの世界みたい。
音声案内に従って、ぼくはランド・セイルに自分の声を登録した。他にも様々な設定があり、先生に手伝ってもらいながら、進めていった。
……たしかにスマホよりややこしいぞ。
「ふう、やっと終わった」
「カケルくん、お疲れ様。あとは飛び方を教えるだけね」
突然、ソラが手をビシッと上げた。
「先生! その役、わたしに任せてもらってもいい?」
「え、あなたが?」
「子ども同士の方が、気を使わずにできると思うので」
「そうね……」
イケちゃん先生は顎に手をやり、少し考え込む。
「カケルくんの気持ちはどう?」
「そうですね……できれば」
先生に、と答えようとした瞬間、足先をギュッと踏まれる。振り向くと、ソラがニコニコしてぼくを見ている。
「……わたしに教えてほしいって言いなさい」
ぼくだけに聞こえるように、ボソッと一言。
「できれば……ソラさんに教えてもらいたいです」
この女の子、やっぱりとんでもない性格だ!
「まあ、ソラさんはランド・セイルを使うのがすごくうまいからね。指導をお願いしようかしら」
「へへ、任せてください」
ソラが自慢げに胸を張った。
「今日は休みだけど、グラウンドを自由に使っていいわよ。二人とも、ケガには十分気をつけてね」
はいっ、とソラが背筋をピンと伸ばして返事をした。
ぼくはこの先、一体どうなってしまうんだろう……。
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