1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
2
梅雨が終わったばかりで夏らしい暑さが続いている。もう十八時を迎えるとは言え、外のかんかん照りになったアスファルトの上を歩き続けていたら、いまごろ僕たちは二巻でアルマジロハンターに狩られたエジプトミイラのようになっていたことだろう。
「おい、嘘だろ……!」
新宿駅の改札を出たとき、僕は数メートル先を歩く男を見て思わず立ち尽くしてしまった。隣を歩いていたカズヤも僕と同様、「マジかよ……」と言葉を残したまま歩みを止めている。
「あれ本物だよ。僕、話しかけてくる!」
驚くことに、前を歩いていたのは『プロのアルマジロハンター』の作者、小野シスターさんだった。いつもなら話しかける勇気が湧かなかっただろうが、運がいいことに、今日の僕は単行本の最新刊を持っている。僕は迷惑メールのことなどすっかり忘れ、彼の元へ駆け寄った。
「あの、すみませんっ」
心臓が高鳴っているせいで声がうわずっていたが、そんなことを気にしている場合ではない。きっかけは信憑性委員会も真っ青なあの迷惑メールだったが、今日新宿に来てよかったと思う。
「なんだい?」
彼はかけていたサングラスを外し、返事と一緒に聖母のような笑みを向けてきた。あまりの眩しさに僕は、彼の表情を見つめ続けることができなかった。
「あの、小野シスターさんですよね! えっと、あの、ずっとファンでした! そうだ、いま、さっき買った最新刊があるんです。よかったらサインください!」
おそるおそる彼の顔を見上げると、小野シスターさんは先ほどと同じマリア様のような笑みを浮かべていて、「バレちゃあ仕方ないね。もちろんだよ、ボーイ」と黒いジャケットの内側からサインペンを取り出し、単行本の裏表紙にサインをくれた。
「ありがとうございますっ! 一生大切にしますっ」
彼は僕のお礼を背中で受け取ると、一度こちらを振り返り、ウインクを飛ばした。
「すげえ……。アルマジロハンターのバッファロースマイルだ……!」
唐突に、心の底から沸き上がる激しい震えを誰かに伝えたい衝動に駆られた。そこで僕はようやくカズヤの存在を思い出した。彼は小野シスターさんと出会えた感動のあまり未だ動けずにいることだろう。しかし、振り返った先のカズヤの顔に貼り付いていたのは、僕の想像していた喜びの表情ではなかった。それだけではなく、あろうことか小野のシスターさんが去っていった方向を送られている視線には嫌疑心が含まれているような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!