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「僕、そろそろ帰るね。」
おもむろに立ち上がり、歩きだした少年は、2、3歩、歩いた所で足を止めた。
「この時間はここにいるから。たまになら、…来てもいいよ。」
そっぽを向き、何でもないように、告げた少年に、葵は思わず吹き出した。
「なっ。」
怒った様子で振り返る少年。
顔は耳まで真っ赤になってる。
その様子に、更に笑いが込み上げる。
これ以上笑うのは可哀想か。
それに、機嫌をそこねて、もう会えなくなるのも寂しいし。
「分かった。また会いにくるね。」
葵がそう言うと、一瞬嬉しそうに顔を緩める。
「僕の特等席だから。人に言わないでね。」
緩んだ顔を見られたことに気付いたのだろう。焦ったようにそう告げた。
「はいはい、分かった。分かった。」
可愛い弟ができたみたいだ。
そういえば、名前を聞いてなかったな。
「ねぇ、名前は?何て言うの?」
「宗次郎。」
「宗次郎。そうちゃんだね。」
「男にちゃんづけするな。」
姉に呼ばれていた懐かしいあだ名。
不覚にも泣きそうになり、宗次郎は足速に道場に戻る。
「沖田さんは見つからなかったけど、そうちゃんに会えたし、良かったな。」
葵は知らなかった。
沖田総司の幼名が、沖田宗次郎であることを。
そして、この時代の子供は小さく、先ほど7~8歳に見えた少年は、自分が探していた10歳の少年であったことを。
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