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馴れ初め
(二人で遺影か・・・。)
この老夫婦の絆を思えばそれは不自然なものではないのかもしれない。
中村は撮りながら高野に話しかけた。
「奥様とはどちらでお知り合いに?」
「喫茶店です。今はありませんが、『モダンタイム』という名前の店です。若かった私は美しい女性と出会いが欲しくて、それなら街で一番ハイカラな店に通えばいつか出会えるだろうと信じて通いつめておりました。そうしたらば、今よりずっと涼しい九月の暮れに赤いスカーフの美女が本を読んでいたんです。一目惚れでした」
「今奥様がお召しになってらっしゃる?」
「そうです、そうそう」
高野翁は胸を高鳴らせながら続けた。
「あのまるで南方の熱病にでも罹ったような感覚は今でも忘れはせんですよ」
「恋は医師でも草津の湯でも、と言いますからねぇ、はい一枚、ウィスキー!」
中村は撮る合図をする。
「当時作家を目指しとったわしはそのまま三日三晩寝る間も忘れて小説を書いたんですわ。こいつに気に入ってもらうために。ナンパっちゅうんですか?ハイカラなこいつを口説くには同じようにハイカラでおしゃれさで面白い小説しかない、そう信じとったですねぇ」
高野翁の頬が赤くなった。
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