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終末
「あんたあ!こんなところで何遊んでんの!お仕事に行く時間ですよ、会社の方もお待ちじゃないですか!」
良子がようやく口を開いた。
どうやら結婚当初と認識しているらしい。中村は会社の部下とでも認識しているようだった。
「良子良子~ほりゃ~仕事前に記念写真じゃあ言うとったやないか。お前は世界一美しいとおっしゃっとる、写真屋さんが綺麗に撮ってくださるそうぞな」
「あなたそれよりお仕事、お仕事」
「はい~最後にもう一枚撮りま~す、はい!ウィスキー♪」
撮影後、高野翁はうれしそうに何度も何度も頭を下げて奥さんのもとへ帰って行った。
(死と愛、か)
やがて自分にも必ずおとずれる老いと死。認知症がこんなに元気な自分にもやってくるのか、そして老老介護の問題。中村は自分の将来に一抹の不安を感じた。
しかしその一方でそれでも変わることのない高野夫妻の二人の絆の深さに、
どこか救われたような思いを感じた。
「二人で遺影、か。」
二人の馴れ初めから現在までの愛の軌跡を思い浮かべる。
「素敵な人生だ」
使いなれたはずの撮影機材を珍しくぎこちなくかたちながら、中村は少しだけ、たくさん涙を流した。
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