第一話

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第一話

 校門を抜けるとそこは異世界だった。 「すまんな。要らぬと言っているのに、毎年、生贄を寄こしてくるのだ」  今日は火曜日で、玉子の特売日だった。 「まさか、異世界から召喚までしてくるとは」  あのまま走っていけば、ギリギリ夕方のタイムセールにも、間に合ったはずだったのに……。 「はぁ」  溜め息が出そうになったのを、適当に誤魔化した。 「ユウキの記憶を読んで作らせたが、口に合わないか?」  目の前の魔王様はやんわりと、気を遣ってくれるけど。  目の前といっても、晩餐会で使用するような、バカに長いテーブルの端と端。よく通る声だ。 「…………まだ、心が追いついていなくて」  すき焼きじゃ、ないんだよね、今の気分。  先に魔王様が口を付けたの確認して、やっとグラスの水を飲んだ。渇いていたらしい、一口では収まらず、そのまま一気に飲み干した。  すき焼きはちゃんと好きだ、死ぬ前に食べたいランキングでいつも上位なほど、大好きだ。  だが、ゲームやアニメでしか見たことのない、ゴブリンっぽい小柄で肌艶の悪い生き物に給仕されている状況と、ここまでの(せわ)しない心の緩急(かんきゅう)で、食欲どころか思考も停止中…………いや、待て、この玉子って何の卵よ。  空いたグラスに慣れた手つきで水を注いで、ゴブリンは所定の位置にササッと下がる。  ピッチャーごと置いてって欲しかったわ。後2、3杯は飲みたいな。  簀巻(すま)きにされて、滝壺(たきつぼ)に放り込まれた身だったが、水のトラウマは今のところは無いらしい。  ああ、私、生きている……今は。
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