スイカバカ極まれり

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 僕が義体技工士になった日、親友はつぶれてロボットになった。  いつも通り両親とスイカ畑で作業をしていて、星空機が追突して崩れ落ちてきたガレキの下敷きになったのだ。奇跡的に脳の損傷こそなかったものの、肉体の三分の二以上を失ってしまった彼は、あっさりと全身義体化することを選んだ。  その理由はただ一つ。  美味しいスイカが作りたかったから、らしい。 「だーかーらー! 充電切れして動けなくなる前に、戻って来いって! いつも! 言ってるだろ! 何回目だと思ってるんだよ」  スイカ畑の端っこに、鈍い銀色に光る親友が転がっていた。その四角い背中になんとなく哀愁のようなものが漂っている気がする。  うつぶせに突っ伏したままのアロイは、僕が怒鳴り声をあげると、ビービービービーと四回か細い機械音を鳴らした。  どうやら今は、まともな音を出す力も残っていないらしい。それでも言いたいことはなんとなくわかる。たぶん『すまない』だ。『ごめんな』かもしれない。まさか『バカヤロー』とか、『ドアホウ』じゃないだろう。なんたって僕は、十数キロもある簡易充電機を背負って広いスイカ畑をはるばる歩いてきたのだ(畑のスイカに傷がつくから、バギーカーには乗れない)。謝られることはあっても、罵倒されることはないはずだ。  どでかい充電機を地面に下ろすと、アロイの背中のカバーを開けてケーブルを差し込む。おそらく三十分もすれば家に帰れるくらいの動力分は充電できるだろう。あとは家に帰ったら朝までスリープモードでそのまま充電すればいい。  アロイは時々無茶をする。もしかしたら僕が気がついていないだけで、時々どころじゃないのかもしれないけれど。少なくとも数週間に一遍はスイカ作りに夢中になりすぎて、エネルギー切れを起こして倒れてしまう。スイカを目の前にすると、我を忘れるというか、自分が義体であることを忘れてしまうようなのだ。  金属でできた義体は頑丈だけれど、同時に繊細だ。日々の細やかなメンテナンスは欠かせないし、充電した分しか動けない。スイカ畑に寝っ転がっているだけで体力が回復したりはしないし、ましてやスイカを見るだけでパワー全開! になんてなったりしないことを、アロイは理解していないのだ。  つまり、果てしのないスイカバカなのである。  突っ伏したままのスイカバカ、もといアロイは、うんともすんとも音を鳴らさない。文字通り力尽きてしまったらしい。重い体を抱き起こし、充電機に寄りかからせるようにして座らせる。  僕もその横に座って、アロイが動けるようになるまでの間に、軽い義体点検をすることにした。なにしろ会うのは二週間ぶりだ。ただでさえ中古で手に入れた旧式の義体だから、何か不具合が起こっていてもおかしくない。  二週間。そう二週間、僕はこの農場プラントを離れていた。毎日毎日ヘトヘトになりながら義体の定期メンテナンスを繰り返していて(星都に住む顧客はみんな金持ちで細かい注文が多い)、今日もやっぱりヘトヘトになりながらどうにか巡回を終わらせ、半ば無理矢理定期船に飛び乗って一時間前に帰ってきたばかりである。  やっとゆっくり休めるぞと思っていた僕を出迎えたのは、ガレージで赤く点滅するランプだった。アロイの不具合が一目でわかるように、僕が取りつけたものだ。  ランプが点滅している場合、アロイはエネルギー切れの要充電状態で畑に倒れているパターンが多い。というか、今のところ百パーセントの確率だ。正直僕は「またか」と思った。  ため息交じりの深い諦観とともに、帰って来たばかりの重い身体にムチ打って、充電機を背負って畑に出た時刻はたしか午前零時十分前だったと思う。  アロイの首の後ろからプラグコードを引っ張り出し、僕の腕に着けている調整装置と同期させる。モニタをざっと見る限り、そう酷い損傷やエラーはなさそうで安心する。けれど膝関節のパーツが摩耗して可動域が狭くなっているようだった。このままだといずれ歩けなくなるだろう。アロイは痛みを感じないけれど、動きにくさは感じているはずだ。とりあえずの応急処置として、油圧を少しいじって負荷を軽くしておく。  家に予備のパーツはあっただろうか。錆止め用のオイルもそろそろ少なくなってきた。頭の中の計算機を動かしてみる。  義体には金がかかる。  星都の標準時間では今は真夜中のはずだけれど、この農場プラントは一日中昼のままで明るい。作物にとって大切なのは光であって星空じゃないからだ。基本的に作物は光を浴びせれば浴びせた分だけ育つから、自然なものを自然に育てるというよりは、効率重視で生産性を第一に、という考え方らしい。人間の情緒よりも作物の出来高が優先されるプラントなのだ。  僕も子どもの時から住んでいるからもう慣れてしまったけれど、時々夜の色をした空が恋しくなる。今日みたいに星都から帰ってきたばかりの時はなおさらだ。  このプラントの外に出たことのないアロイが、空の色についてどう思っているかは訊いたことがない。スイカのことしか考えていないような奴だから、当たり前のことだと思っているような気がする。もしかしたら、気にしたことさえないかもしれない。  三年前に酔っぱらいのボルボル星人が起こした事故は、それはもう酷いものだったらしい。星環通路の壁を突き破り、プラントの空パネルを破壊し、アロイの体を潰して彼の両親の命を奪った。星空機は爆発し燃え上がり、彼らの育てていた収穫間近のスイカ畑はめちゃくちゃになった(ボルボル星人は僕ら人類に比べてかなり頑丈で、ぴんぴんしていたらしい。恐ろしいことだ)。それでもどうにか生き残ったアロイは、支払われた慰謝料と両親の保険金でロボットの姿になったのだ。  僕はその頃星都で技工士の試験を受けていて、星型の認定バッジを手に帰ってきたときに初めてその事実を知った。  再会したとき親友は、すでに全身鈍色の金属になっていた。見慣れた銀髪も青い目もなくなっていたけれど、『よう』と右手をあげた姿がいつものアロイの仕草そのものだったので、不思議なくらいすんなりと受け入れることができた。  僕がそもそも義体技工士の道に進んだのは、育ての親であるじいちゃんの影響が大きい。身体の半分が義体だったのだ。小さなころから義体に慣れ親しんでいたこともあって、僕には偏見がなかったし、遊びがわりにじいちゃんの腕のメンテナンスをすることも多かった。優しかったじいちゃんも一年前、天寿をまっとうし空に還った。以来アロイと僕は、天涯孤独の二人組となったわけである。  最近はアロイのように事故で怪我をしたひとや、病気で普通の生活が送れないひとの義体化が増えてきたように思う。どこのプラントのどこの施設に行っても一人か二人は必ず見かける。地球の周りには、百以上のプラントが存在するというから(新しく造られたり、老朽化や汚染によって廃棄されたりするから毎年増減している。正確な数は僕も知らない)、かなり普及していることは間違いない。  それでも義体はまだまだ金がかかる。義体本体は目が飛び出るような高額だし、摩耗するような消耗品パーツだってそれなりにする。日々のメンテナンスも自分でやればタダだけれど、大半のひとが技工士にお金を払って頼むことになる(ちなみにアロイのメンテナンス代はタダで、パーツ代だけ請求している。友人価格ってやつだ。僕って優しい)。維持するのだって大変だ。  アロイの体もスクラップ寸前の旧旧旧式で、やっと手に入れたものだ。劣化したパーツを取り換え、つぎ足しながら生きている。  そもそもの始まりが、一部の金持ちによる「延命したい」という本気の道楽からだったそうだし、僕らのような一般星民にとっては、なかなか簡単に手が出せるものじゃない。  義体化手術も他の手術と同じように、百パーセント安全とはいかない。脳直結の情報処理と機械制御を行うための手術では、義体化する面積が増えれば増えた分だけ、事故が起こる確率も増える。意識が混濁して義体が暴走したり、最悪そのまま死んだりすることだってある。アロイはたまたま運がよかったんだと思う。  アロイはスイカを売ったお金で生活している。一度食べたらやみつきになってしまうと評判のスイカで、『赤い宝石』とまで呼ばれている。火星育ちの人類からボルボル人まで、顧客は幅広い。  事故があってから復興するまでに驚くほど時間がかからなかったのは、アロイの努力というか、情熱というか、要するにスイカ愛があったからこそだと思う。事故が起こる前もそれなりに売れてはいたようだけれど、ある種の産地応援のような効果も伴って売れに売れたスイカは、味の良さが評判を呼び、リピーターが続出した。今やスイカといえば『アロイ産』と言われるほど一押しの人気ブランドになっている。  それでも稼いだお金の大半が、スイカ畑の設備の維持費に消えて行ってしまう。光や気温の管理だけでなく、土壌の酸度や成分、水はけ、微生物、病害、エトセトラエトセトラ。気をつけることがやまほどあるから、ということがもちろんあるのだけれど、半分以上はアロイの自業自得だと思う。  気がつくと、畑の面積と設備がどんどん増えているのだ。  はじめは僕の気のせいだと思っていたけれど、絶対に気のせいじゃない。一つしかなかったハウスはいつの間にか三つに増えているし、今では見渡す限りスイカ畑になってしまった。  スイカを作って売って儲けて、そのお金で設備を増やす。そしてまたスイカを作る。売る。儲ける。また設備が増える。まさにスイカ循環だ。  本当にとことんスイカバカなのだ。  これ以上作ってどうするんだ、と思わなくもない。だいたい収穫の人手が足りないし(僕もたまに手伝う羽目になる)、そうやってアロイが結局無理をして倒れることになるのだ。  従業員を増やせばいいとは思うのだけど、事故をきっかけにみんなよそのプラントに移って行ってしまったから、今このプラントには僕とアロイの二人しかいない。第一アロイに他人を雇えるのかと考えると、ちょっとというか、だいぶ難しい気がする。アロイは昔から頑固で、ひとの話を全然聞かない。何よりスイカのことしか頭にないとんでもないスイカバカだし、コミュニケーションが取れるかどうかあやしいものだ。 時々不安になる。  アロイに何かあったときは、僕が直すことができる。  でも。  僕に何かあったら、アロイはどうするんだろう。例えば、星都で事故に遭って帰れなくなったとき。病気で倒れてしまったとき。  僕がアロイの側にいられなくなったら、アロイはどうなってしまうんだろう。  ――ピロロロロン。  すぐ隣でアロイの覚醒を告げる軽やかな電子音が鳴った。僕はハッとして、すぐさまマイナス思考を頭の隅に追いやりながらアロイに声をかける。なんとなく気まずいような気がして、ちょっと早口になってしまう。 「アロイさ、もっと気をつけなよ。今日は定期船に間に合ったからよかったけどさ、僕がもし帰って来られなかったらあと一週間は野ざらしになるところだったんだからね。僕ももう寝たいし、さっさと帰ろう。さっき帰ってきたばっかりでクタクタで……」  言いながら立ち上がった僕の腕を、隣から伸びてきた金属の腕が掴んだ。思わず前につんのめりそうになる。 「ちょっ、何するんだよ?」  ピピピピ。電子音とともに、胴体についているモニタに文字が出力される。アロイの声の代わりだ。 『悪かった』  この親友は声帯出力機能のパーツ代が惜しいからと、あろうことか声を捨てたのである。文字が表示されるまでに少しラグがあるから、会話(と言っていいかわからないけれど)が少しやりにくい。 『助かった』  アロイらしからぬ、殊勝な態度にちょっと面食らって返す言葉を探しているうちに、また新しい文が表示された。 『スイカ食べるか?』 「いやいやいやいや! なんでさ!?」  思わずつっこんでしまった。アロイは僕の方に顔を向けたまま、首を傾けるような動作をする。少し間が空いた後、また新しい文が表示された。ピピピピ。 『排水ポンプの様子を見に行った』 「いや、あのね。今のなんではそういう意味じゃなくてね、なんでいきなりスイカなのって……あー、もういいや。っていうかさ、前にも言ったけど、畑広げ過ぎなんだよ。もうちょっと自分の体のことっていうか、充電のこともちゃんと考えなよ。畑の端まで歩いて行くだけで倒れちゃうなんてバカみたいでしょ」 『端まで歩いて行っただけで充電が切れたことはない一回充電すれば畑をかるく十周はできる充分動けている問題はない』 「あー! 長い長い長い長い! 出力は五単語以内に収めてっていつも言ってるだろ。端から消えてっちゃうから、読むの大変なんだよ」 『おまえだっていつもだらだらと長いだろう俺も聞き取るのが大変だもう少しまとめて話す努力をしろ』 「あー! わかったよ! とにかく! 充電切れが起こんないように気をつけろ!」  ピ。 『わかった』 「ホントに? ホントにわかったの?」  ピ。 『もちろんだ』  大きく頷いて見せるようなわざとらしい動作に、ホントかな、なんて思っていると。  ピピピピピ。 『ところでスイカ食べるか?』 「あー! くっそ! キミってやつは! ホントに! このスイカバカ! だからなんで急にスイカなんだよ!?」 『スイカには疲労回復の効果があるビタミンAB1B2Cなどが含まれ栄養補給にもなる』 「…………はい?」  一瞬、意思の疎通ができなくなってしまったのかと本気で焦った。  僕が不安感丸出しでアロイを凝視していると、アロイはモニタの横についている小さなボタンを押した。モニタの下のカバーがパコッと開く。アロイの腹の中から取り出されたのは、四分の一にカットされた美しいルビー色をしたスイカだ。  アロイの胴体にはスイカの糖度や水分量が計測できるような小さな空間がある。そこから取り出したスイカを僕の目の前にズズイ、と差し出しながら、ピピピピ。またモニタに文字が出力された。 『このスイカは糖度が十二・五あって非常に甘いちょうど完熟の食べ頃だ疲れも吹き飛ぶ』  ああ、これはもしかしたらたぶん。たぶんだけど。 「……あのさ、もしかして僕のこと、心配してくれてるの?」  僕がさっきクタクタだなんて言ったから、アロイなりに気を遣っているのかもしれない。だと思う。たぶん。 『おまえが食べないと味がわからないだろう売るからにはやはりある一定以上の品質が求められて然るべき』 「いや、今甘いって言ったよね? 糖度が十二・五って言ったよね? サンプル採ってるでしょ。やっぱり僕のこと心配してくれてるんでしょ、そうでしょ? まったくアロイは素直じゃないよね」  まただいぶ間が空いた。ビビビビビ。 『うるさいなひとが食べて美味いかどうか知りたいだけだいいからはやく食べろ』 「もちろん、ありがたくいただくよ」  受け取った赤い果実はよく冷えていた(アロイの義体の中心には熱暴走を起こさないように冷却装置が備えてあるから、そのせいだ)。  思い切りかぶりつくと、シャクと小気味よい音を歯が立てる。驚くほど瑞々しい甘さが口の中いっぱいに広がって、僕はなんだか悔しくなってしまった。  一口食べただけで、エネルギーが身体の隅から隅まで全身に満ちていくような、眠っていた細胞が目覚めていくような、そんな陶酔感に思わず目を瞑る。  その感覚に思いきり浸って数秒後、ゆっくり目を開けると『どうだ?』の文字が見えた。  もちろん、食べる前からわかってたことだ。  アロイとのこんなやり取りはもう何十回も繰り返してきた。アロイの言葉に言い返してケンカして、その度に僕は結局、たったの一口でアロイを許してしまう。もしかしたら僕も結構、スイカバカが伝染してきているのかもしれない。 『おいどうなんだ?』  アロイの催促するような言葉が目に入って思わず吹き出しかける。 「おいしいに決まってるだろ。最高だよ!」  若干満足げに頷いている隣の金属に、またほんのちょっとだけ腹が立ったけれど、脛を蹴っても僕の足が痛いだけだから、我慢することにする。  仕方がない。きっとこのスイカバカは、動けなくなるまでスイカを作り続けるんだろう。僕が何を言ったって止めないし、きっとまた何度も充電切れを起こすんだろう。絶対だ。間違いない。  仕方がないから、僕も死ぬまでアロイをメンテナンスし続けて、アロイが作ったスイカを食べ続けてやるんだ。  とりあえずこのままじゃ、やっぱり会話が面倒くさいし。  定期メンテナンスの報酬が入ったら、もう少しまともに声が出力できるように新しいパーツを買って組み込んでやろう。  そう僕は心に決めて、両手に持った赤い宝石のような果実にかぶりついた。
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