潜入

4/4
前へ
/18ページ
次へ
 さらに半年が経った。  アストリカ共和国はラキア、シュドルフ、イリーカと結び、ソヴォルク帝国との休戦協定を破棄した。  連合国は首都アダンの奪還を目指すが、ソヴォルクは徹底抗戦を決め、各地で激戦が繰り広げられた。  セシルも前線へと送られ、同胞と戦うことになってしまった。  こうなることは、帝国に行った時点で覚悟していた。  無論、同じ国の人間を殺すことには抵抗があった。けれど、戦闘は望むものでもあった。戦果を上げて認められ、少しでも皇帝に近づけるポジションにつかないといけないのだ。  自分の手はすでに汚れてしまっている。今さら同胞殺しを気にしてはいれない。  それよりも皇帝を殺すことが、彼らの命よりも勝っている。そう思うことにしていた。  あるとき、ヴァーゼルへの帰還命令を受けた。  セシルは兵部省へ出頭する。  一兵士が呼び出されるようなことは、通常ではあり得ない。何か特殊な事情があることは明らかだった。  正体がバレてしまったのか。だがそれなら何も言わず始末すればいいだけだ。  セシルは何かあれば、人質を取って立てこもる腹づもりで、兵部省へ出向いた。 「お前がテオドールか?」 「はっ!」  呼び出したのは近衛隊隊長ヴェルナーであった。  皇帝の寵愛を受ける若き将軍で、近衛隊のひときわ華美な制服が似合っていた。  ヴェルナーの腰には拳銃がある。いざとなれば、あれを奪うしかない。  だが、ただの優男ではないのは、立ち振る舞いから分かる。一歩踏み出した瞬間には、銃を抜かれているだろう。 「単刀直入に言う」  それが死の宣告ならば受け入れるしかないだろう。  セシルはつばをごくりと飲む。 「近衛隊に入らないか?」 「私がでありますか?」  思ってもみないことだった。  近衛隊は皇帝直属の部隊で、他の軍から独立し、独自の権限で動くことができる。  こうした抜擢も珍しくはないが、基本的にソヴォルク本国出身者が任じられ、属領出身の人間がなることはなかった。それは単純に信用の問題だ。 「不満か?」 「いえ……」  ヴェルナーはポーカーフェイスで何を考えているのか、まったく読み取れなかった。  セシルが戦場において戦果を上げていたが、それはあくまでも兵卒としてである。兵卒が何をしようと、皇帝の側仕えである近衛隊隊長の目にとまるはずがないのだ。  これは何か裏があるとしか思えなかった。  しかし、断ることはできない。  近衛隊にいれば皇帝に近づくことはできるし、ここで断れば余計な波紋を生むことになり、相手の策略にはまりかねなかった。 「謹んでお受けいたします」  上に従う。  軍隊という上下関係の厳しい組織では、問われるまでもなく肯定するしかない。 「期待している」  こうしてセシルは皇帝暗殺へ一歩近づいた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加