11人が本棚に入れています
本棚に追加
帰還
近衛隊所属になって数ヶ月。
思わぬ好機が飛び込んできた。
皇帝がアダンの視察に行幸し、近衛隊もつきそうことになったのだ。
ヴァーゼルの宮殿内で手を出すことは不可能だが、長距離を移動するとなれば、暗殺の機会が生まれる。それがセシルの生まれ育ったアダンならば、地の利もある。
何より故郷でにっくき皇帝を殺せると考えると、心が躍った。
チャンスは一度しかない。確実に仕留められるタイミングを見極めるため、計画は慎重に進めていた。
あるとき、セシルは非番を使って、アダンの街に出ていた。
自分の知っている街とは、だいぶ様相が変わっている。
開戦後の戦いで街を破壊されていたが、その後、帝国の統治下になり、ある程度は修復が進んだらしかった。
けれど、共和国が他国と手を組んで再戦となったとき、市民蜂起が起こり、市街戦が激化。それによる荒廃がひどかった。
首都としてメインストリートは、他国を圧倒する豪華絢爛な町並みがあったが、今では見る影もない。帝国に接収され、そこを市民が襲撃したためだ。
誰がアダンを壊したのか問われれば、半分は市民と言えるかもしれなかった。
セシルはかつて自分が住んでいた地域に行ってみた。
住宅街なのでそこまで被害はなかったが、街の機能が失われたためか、壊れたものは直されず、捨てられたものはそのまま放置され、汚い町並みとなっていた。
「ヒドイもんだな……」
セシルの住んでいたアパートはかろうじて残っていた。
自分の家に戻ってみたが、誰かが住み着いていたのだろう。ゴミが散らかっていて、見ていられないほどだった。
部屋を片付けず出て行ったため、家具はそのまま残されている。けれど、思い出は汚されることになる。
ソファーは破け、皿は割れて、マリーが大好きだったぬいぐるみは引きちぎれていた。
自分のサッカーボールも空気が抜け、ぺちゃんこになっている。
「…………」
突然、背に堅いものが突きつけられる。
セシルはゆっくり両手を挙げた。
最初のコメントを投稿しよう!