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開戦
首都アダンにある競技場では、高校サッカーの地区大会が行われていた。
ひときわ目立つ二人の選手がいる。
「セシルとロワゼを潰せ! 他は無視していい!」
敵チームの監督の怒号が飛んだ。
0対0の同点。残り時間はわずか。
「囲め囲め!」
指示通り、エースの二人を徹底マークする。
ボールを持っているロワゼは、あっという間に数人に進路を塞がれてしまった。
「くっ……!」
パスを試みるが、次の瞬間には奪われてしまう。
ボールを取ったチームは、ボールを前線に蹴り上げ、速攻をしかける。
ロワゼは取り返すこともできず、取り残されてしまう。
これまでの試合で高成績を上げていたため警戒されてしまい、今日は試合が始まってから、何をするにもしても邪魔をされ、まったく活躍できていなかった。
そこに後ろからやってきたエースのもう一方、セシルが背を叩いた。
あどけなさの残るロワゼに対して、セシルは大人びていた。
「正面から一人で行こうとするな。周りを使えって」
そう言ってウインクしてみせる。
「セシル……」
ディフェンダーの奮闘で何とかボールを取り返し、今度はセシルに渡った。
「潰せ!」
だが相手のマークは相変わらず厳しく、セシルの進行方向には敵が数人いる。
「ジャン!」
チームメイトの名を呼ぶと同時にパスを出した。
「俺!?」
敵はセシルへのマークを外し、ジャンへと群がる。
すぐにジャンは動けなくなってしまう。
「え?」
だが、ボールを奪ったのはセシルだった。
パス後にセシルもジャンのほうへ走り、すれ違いざまにジャンからボールをかすめ取っていたのだ。
そしてハーフウェイラインを過ぎたばかりにも関わらず、シュート体勢を取る。
「馬鹿な!? とめろ!」
敵チームはボールの占有者がすり替わったことに戸惑いながらも、セシルに向かう。
セシルは構わず、ゴール目がけてボールを山なりに蹴り上げた。
「今だっ!!」
後方からロワゼが走った。
いや、走っていた。セシルが前にボールを出すと読んで、すでに動いていたのだ。
さらに速度を上げ、敵プレイヤーを追い越し、ボールを追いかける。
そしてついに追いつき、タイミングを合わせてボレーシュートを放つ。
ボールはキーパーをすり抜け、ゴールに吸い込まれていった。
「ゴール!!!」
観客の生徒たちから大歓声があった。
「やったな、ロワゼ!」
セシルはロワゼの肩を叩く。
「セシルのおかげだよ。パスがよかった」
「パス? お前が勝手に合わせただけだろ」
「でも蹴ると思ってた」
「そっか、俺もだ」
ロワゼの位置を確認していなかった。それでも、ボールを放てばロワゼが合わせてくれると、勝手に期待していたのだ。
「おい、俺は囮かよ!」
ジャンが文句を言ってくる。
「悪い悪い。でも点取れただろ」
あとはのらりくらり時間をつぶして、守り切れれば勝利だ。
ボールをセンターに戻し、プレイを再開しようとしたとき、ドォォーン!と激しい爆発音が響いた。
皆、この音は知っていた。大砲の発射音だ。
「近いな?」
「演習かな」
大砲の音は珍しくない。ここ10年、戦争は起きていないが、有事に備えて首都でも砲術演習の音がよく響いていた。
だが、その予想はすぐに外れたことが分かる。
耳に痛いほどの大音量で、サイレンが流れたからである。
「戦争だ! 戦争が始まったんだ!」
誰かが叫んだ。
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