11人が本棚に入れています
本棚に追加
セシルは、帝国軍の兵員募集に応じて入隊した。
帝国軍には帝国民しか入れない。当然、共和国民であるセシルが入れるわけがない。
そこでセシルは、テオドールの身分証を使い、名を偽って潜り込んだのだ。
兵士となったのは、それが皇帝を殺すのに一番近いと思ったからである。
共和国の兵士として帝国軍と戦うのが筋だが、それではいつになっても皇帝にたどり着かない。 だが帝国軍兵士ならば疑われずに、皇帝に近づくことができる。
しかし、話がそう簡単でないことは分かっていた。
ただの兵士が武器を持って皇帝のそばに立てるはずがないのだ。実力を認められ、皇帝直属の部隊である「近衛隊」に入らなければならない。
それも果てしなく遠いことだ。けれど、銃の扱いや戦い方を知らないセシルにとって、軍隊での経験は無駄にならないと思っていた。
いつになるかは分からない。皇帝を殺す日を夢見て、日々つらい訓練に耐えていた。
そして、入隊して半年が経った。
共和国と帝国との間には、休戦協定が結ばれていた。共和国は帝国に賠償金そして、首都アダンにおける軍の駐留費を支払うことが決まった。
休戦となったことで、しばらくの休暇が与えられたが、セシルは故郷アダンに戻らなかった。
正体がバレるリスクがあったし、帝国軍に支配されているアダンは見たくなかったのだ。
「せっかくだから帰ってみるか」
セシルは入隊したときから決めていた。セシルは死に、今から自分はテオドールなのだと。
今となっては、帝国軍の仲間は自分のことをテオドールと呼ぶ。自分もテオドールとして接していた。
だから、帰るならばテオドールの家だ。
住所は身分証で知っている。
もちろん、余計なトラブルを生んでしまうリスクはある。
だが軍の書類が家に届いていたり、身内から素性がバレたりする可能性があって、一度戻っておきたかったのだ。
それに、テオドールとして生きる以上、彼の家を知っておきたかった。
最初のコメントを投稿しよう!