潜入

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 セシルは、帝国軍の兵員募集に応じて入隊した。  帝国軍には帝国民しか入れない。当然、共和国民であるセシルが入れるわけがない。  そこでセシルは、テオドールの身分証を使い、名を偽って潜り込んだのだ。  兵士となったのは、それが皇帝を殺すのに一番近いと思ったからである。  共和国の兵士として帝国軍と戦うのが筋だが、それではいつになっても皇帝にたどり着かない。 だが帝国軍兵士ならば疑われずに、皇帝に近づくことができる。  しかし、話がそう簡単でないことは分かっていた。  ただの兵士が武器を持って皇帝のそばに立てるはずがないのだ。実力を認められ、皇帝直属の部隊である「近衛隊」に入らなければならない。  それも果てしなく遠いことだ。けれど、銃の扱いや戦い方を知らないセシルにとって、軍隊での経験は無駄にならないと思っていた。  いつになるかは分からない。皇帝を殺す日を夢見て、日々つらい訓練に耐えていた。  そして、入隊して半年が経った。  共和国と帝国との間には、休戦協定が結ばれていた。共和国は帝国に賠償金そして、首都アダンにおける軍の駐留費を支払うことが決まった。  休戦となったことで、しばらくの休暇が与えられたが、セシルは故郷アダンに戻らなかった。  正体がバレるリスクがあったし、帝国軍に支配されているアダンは見たくなかったのだ。 「せっかくだから帰ってみるか」  セシルは入隊したときから決めていた。セシルは死に、今から自分はテオドールなのだと。  今となっては、帝国軍の仲間は自分のことをテオドールと呼ぶ。自分もテオドールとして接していた。  だから、帰るならばテオドールの家だ。  住所は身分証で知っている。  もちろん、余計なトラブルを生んでしまうリスクはある。  だが軍の書類が家に届いていたり、身内から素性がバレたりする可能性があって、一度戻っておきたかったのだ。  それに、テオドールとして生きる以上、彼の家を知っておきたかった。
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