潜入

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 帝国領の文化レベルは、共和国とほとんど変わらない。  バスや鉄道の公共交通機関は充実してて、都市部の移動はまったく不自由しない。  テオドールの出身地であるルンデンは田舎町だったが、帝国に併合されて10年経ったこともあって、鉄道を乗り継いでいくことができた。 「ここか」  駅から歩くこと30分。テオドールの家を見つけた。  10年前の戦争の名残だろう。一部が崩れたままになっている古ぼけた家だった。  ドアをノックするが反応はなかった。  周囲を探り、人気がないことを確認してから、セシルは中へと入った。  だが……。 「手を上げて」  背中に拳銃を突きつけられる。  その声は若い女性だった。  セシルは言われるままに手を挙げる。 「誰? ここはあたしの家よ」  声はおびえることなく、凜然としている。  テオドールの家族だろうか。それとも、住み着いた孤児か。 「勝手に入ってすまない」  相手は素人だ。  従うふりをして銃を奪って、いざとなれば逆に殺してしまえばいい。  手を挙げたままゆっくり振り返った。  少女を見て、セシルは心臓が飛び出しそうになった。 「マリー……」  彼女は妹のマリーにそっくりだったのだ。 「あなた誰?」  もう少しで彼女を抱きしめてしまうところだった。  その声で現実に引き戻される。声はセシルの知っているマリーとは似ても似つかなかった。 「銃をどけてくれ。俺はセシルという。テオドールに頼まれて、ここに来たんだ」 「兄を知っているの?」  テオドールの妹で間違いないようだ。 「ああ。テオの友達だ。報告が遅くなってすまなかった。本当はもっと早く来たかったんだが」 「……ふーん。逃げたのね。家を出て行って以来、何も連絡してこないと思ったら」  セシルはブラフのつもりで言ったが、テオドールの妹は思い当たることがあったようだ。 「テオはいい奴だ。戦争は合わなかったんだよ。帝国が存在している限りは、ここに戻って来られない」 「そんな気はしてた。兵士になって金稼いでくるって言ってたけど、人を殺せるような人じゃないのよ……」  セシルはずきっと胸が痛んだ。  話を合わせてウソをつき続けているが、自分のしたことに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。 「でも、お金は預かってきてる。テオの稼いだ金だ」  手持ちのお金をすべて机の上に出した。  罪滅ぼしのつもりだった。  だがテオを犠牲にしたお金にしては少ない。人一人の命の価値にしては安すぎた。 「変なお金じゃないわよね?」 「ああ、確かにテオが仕事で得た金だ」  正確には彼の名をした偽者が稼いだお金。 「そう……」  妹は小さくため息をついた。 「いつかは帰ってくるのよね?」 「もちろん。君のことが気がかりだと、お金ができたら送ると言ってたよ」 「そっか……」  彼女ははじめて笑顔を見せた。 「名前は?」 「テレーゼ」  セシルは、テオドールの名で彼女に仕送りを続けた。  こんなことで許されることは思わなかったが、自分にできることはそれしかなかった。
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