仮面夫婦

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「じゃあ、そろそろ。」 決心がついた私がそう言うと、 「うん。せーので顔を上げようか。」 と優しい旦那の声が聞こえた。 エアコンの効きが悪くなっているのか、やけに背中が汗ばむ。 深呼吸をする。手のひらを何度も太ももに擦った。 大丈夫、内面を愛し合っている私たちに外面は関係ない。 ただ認識し合うためのツールにすぎない。 「じゃあ、いくよ。」 「うん。」 「「せーの。」」 私たちは声を合わせて、ゆっくりと顔を上げた。 顔を上げている瞬間はまるで時間が止まったように周りの音が聞こえなくなった。 止まった世界の中で旦那の素顔だけが私の瞳に映り込む。 旦那も綺麗な瞳で真っ直ぐに私だけを見ていた。 旦那はどんな気持ちで私の顔を見るのだろう。 私は旦那の顔がどんな顔なのかという事より、私の顔が旦那の瞳にどう映り込むのかが気になった。 「綺麗だね。」 私よりも先に旦那が言葉を発した。 その言葉には濁りが一切なく、心の底から言ってくれていることがわかった。 それなのに、私はすぐに言葉を発せなかった。 目の前にいるニンニクのような鼻とじゃがいものような肌を見たことがあったからだ。 旦那は、香奈子の元旦那だった。 「ごめんね、僕はこんな顔なんだ。がっかりしたよね。」 私が何も言えずに顔を見ていると、旦那が不安げな表情になって言った。 「違う。」 「実は、隠していたわけではないんだけど、前に結婚してた相手とも仮面結婚してたんだ。でも、素顔を見せたら、別れを告げられた。仕方ないよ、こんな顔だから。」 彼の優しい表情が今にも崩れそうになる。 私は今、彼の事をどう思って、何を言おうとしているのだろう。 思っていた顔と違った?がっかりした?香奈子と同じように別れを告げる?。 違う。どれも違う。だって、私は今、彼の素顔を見た感想よりも、これからの生活の事を考えている。二人で顔を合わせて食事をして、二人で寄り添い合ってベッドで抱き合って、また朝になったら顔を合わせておはようと言う。彼との、そんな幸せな生活を考えている。 辛い過去を抱えていながら素顔を明かす事はとても決意のいる事だっただろう。彼は私のことを考えて、私たちのこれからの事を考えた上で、決意してくれたのだ。 私はそんな彼が、そんな優しい彼がやっぱり、心から好き。 「私はあなたが好き。」 旦那の綺麗な瞳から涙が溢れ出た。 溢れ出始めた涙は止まることなくむしろ増え続けて、次第に顔を歪ませていった。 ぐちゃぐちゃになった表情の彼も、心の底から愛おしいと思った。 「私は、あなたとこれからも幸せな家庭を築きたい。」 「…ありがとう。本当に…、ありがとう。僕も心から愛している。」 「こちらこそ、ありがとう。」 私たちは立ち上がって歩み寄り、抱きしめ合った。 やっぱりエアコンの効きが悪いみたい。身体が熱くて仕方ない。 「これでようやく、私達も本当の夫婦になれるね。」 「うん。」 顔を離して見つめ合うと、顔も熱くなった。 そのまま目を閉じて、初めての口づけを交わした。
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