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竜に堕ちる者達
いつの頃からかは定かではないが、人間はこの世に存在する魔というものを認識し始めた。
魔はある程度操る事が出来ることもわかり、呪文という体系立てが進んでいった。魔を操るもの、魔道士たちの登場である。
呪文によって操られる魔道術は、人々がより豊かに暮らせるよう研究が進められる一方で、闘争に対しても当然ながら、異常に重宝されることとなる。
やがて魔道士同士の戦いでは、呪文という魔を操る手段は溜めによる遅延が命取りとなる事が明らかとなり、新たな操魔法が検討される。
そこで現れてきたのが、武術との組み合わせだった。その体躯や武器を駆使し、技として体系立てられた術によって、魔道の発動を可能としたのである。
これが、魔道武術の誕生となった。
呪文ではなく、身のこなしによって動作する魔道。呪文による発動よりは、簡素な性質のものしか操れないが、武術との融合によって相手を倒すには十分足りうるものとなっていった。
人間は、より魔というものを制御するに至った。
しかし、それとは相反するが如く、やはり魔というものは人智では理解しがたい領域も存在する。
それが、《竜化の法》という禁忌だった。
人間が追い詰められ、それにあらがう強い力を欲したときにのみ聞こえるという《求道者の声》。その声を受け入れた時に、人は魔の力によって人を超越する力を手に入れることが出来る。ただし、それは刹那的なものであり、さらには代償として肉体が竜に変化してしまうというものだった。
竜となれば自我は失い、さまよえる魔物となって生きていかねばならない。
魔道術は、才能や努力が少なからず必要で、誰であろうと習得できるものではない。しかしながら、《竜化の法》はその状況さえ伴えば、誰であろうと発現出来てしまう。そこがやっかいな点だった。
いくら禁忌とはわかっていても、追い詰められた人間は何を仕出かすかわからない。人間の矮小さ、醜悪さ、不安定さが、竜に変化してしまうと言う事実によって如実に晒される世界なのだ。
竜は、人間の奥に秘められた凶悪な精神をむき出しにする。
その巨躯、強固な鱗、鋭利な爪、滅殺の牙、そして凶魔のブレス。
体のつくりそのものが殺意で出来ているような奴らは、人間の性悪な性質を顕現したように暴虐の限りを尽くす。
竜に対抗できるのは、魔道武術を極めた屠竜士達だけだった。
竜化してしまう人間達が絶えない世界で、その堕ちた者達を屠る戦士。
彼らはいつしか、征竜ギルドなる組織を作り上げ、竜退治の術を身につけ始める。
竜化には個人差がある。竜化する前の肉体や、精神性によって、力の質に差が出るのである。時に、圧倒的な凶悪性を持ってしまう竜が存在する。
征竜ギルドでは、竜の討伐レベルを設けている。
下から順に《邪知級》、《悪辣級》、《災厄級》と分けられている。
特に《災厄級》は一国を滅ぼしうる力を保持しており、これを倒せる屠竜士は世界でも数人しかいないとされている。
竜に堕ちる者達は蔑まれる一方で、竜を屠る者達は賞賛される。
それゆえ、腕に覚えのある者達は屠竜士を目指すのだった。
しかし、本当の意味で、竜の凶悪性と向き合えるものは、屠竜士の中にもいるかどうかは誰にもわからない。
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