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つかの間の休息
「いやー、一時はどうなることかと思いましたけど、さすがは俺とサイアスの旦那のコンビは無敵だなぁ」
そう言って、ニノは得意げにビアジョッキを空にする。
頬を赤く染めながら、陽気に語らっていた。
隣にいるサイアスは、静かにジョッキを傾ける。ゆっくりではあるものの、飲んでいる量はニノよりも遙かに多い。しかし、その顔は至って平常だった。
ここは、征竜ギルドの中央支部に近い酒場だった。かつては屠竜士だった男が経営している。それもあって、仕事を終えた屠竜士御用達の店となっていた。
「……何故、お前と来るといつもこうなる?」
「いやー、旦那とだけじゃ辛気くさいですもん」
「だからといって、征竜ギルドにいた連中を適当に連れてきやがって。なんで、ろくに知らん奴らに酒を振る舞わなきゃならん」
「まあまあ。戦力にならないかも知れませんが、日頃お世話になっている方々ですし。あ、もちろんお代はお任せします」
ニノはそう言ってにんまりと笑う。半分は酔っ払っているだろうが、もう半分は確信犯だろう。最近は、サイアスが武功を上げるのを征竜ギルドで待っていて、ただ酒を狙っているたかり屋のような連中もいたりする。
「今夜も売り上げに貢献してくれてありがとうよ」
そう言って、お代わりの酒を持ってきたのはこの酒場の主人、ダインだった。五十代後半であろう齢にもかかわらず、屠竜士だった頃の面影は失われていない。細くはなっているが体つきはよく、スキンヘッドに丸められた頭に竜との戦いによって失った左目には、黒い眼帯をしている。バーのマスターにしては威圧感が余計だが、今宵も上機嫌の様子だ。それはそうだろう、サイアスのおかげで酒場は貸し切り状態。朝になる頃には、店の酒樽の中身は全てなくなっているはずだ。
「聞いたぜ。今回で九十九匹目だったってな。たいしたもんだ。俺の戦歴は、せいぜい二桁に到達した位だからなあ。《竜斬鬼》と呼ばれるほどの事はある」
ダインは店主でありながら、ビアジョッキを片手にサイアスの隣の席に座る。いや、店主だからこそ好き放題やっているのか。
ニノはいつの間にか席を外し、ウェイトレスの女の子にちょっかいをかけていた。二人は酒を交わしながら静かに語らい合う。
《竜斬鬼》とはサイアスの異名だ。彼の振るう斧と、空間をも断裂する魔道術により、鋼の硬さを誇る竜の鱗もものともせずに奴らの四肢を斬り飛ばす様からそう畏れられている。
「しかし、もう全盛期は越えてるだろ。折り返しにいるなら、あとは下るだけだ。ともあれば、下級の竜であっても後れを取る日が来ちまう。引き際は、ちゃんと考えてんのかい?」
「……まあな」
ニノに言われたなら、死んでも認めはしないだろうが、相手は屈強な元屠竜士だ。同じ道を通ってきている上、認識も的確だった。
サイアス自身、数年前まであった、自身の体を思った通りに動かせるあの感覚がわずかに失われていた。それを補ってあまりある経験によってカバーできるが、それは《悪辣級》までの竜であればだ。《災厄級》の竜であれば、そのわずかな違和感は致命的にもなり得る。
「お前さんなら、屠竜士を引退しても引く手あまただろう。命をかける必要のない仕事で十分生きていける。何なら、俺が職を手配してやってもいい。こう見えて、交友関係は広いんだ」
「気遣いは痛み入るが、俺の行く末は俺が決める。だが、お節介すぎないか? いくら売り上げに貢献している上客だったとしてもな」
サイアスは、ジョッキを置いてダインの片方だけの瞳をまっすぐと見る。
ダインは一瞬だけその視線を受け止めると、小さく笑って静かに頷いた。
「ま、娘のこともあるしな」
「……知っていたのか」
「見てりゃわかる。で、昨日、あいつに問いただしてみたら白状したよ。もう一年にもなるらしいな」
「ああ。いつかは改めて挨拶しようとは思っていた。しかし、こんな商売だ。反対されて、店を出禁にされても嫌だったからな」
サイアスは半分冗談交じりに言う。
「ふん、そりゃ実に聡いな。じゃあ、引退を決めたならまたちゃんと挨拶しにきてくれや。俺のせがれになりたいならな」
「……ああ」
ダインはそう言い残し、店の奥へと引っ込んでいった。
サイアスは、はしゃぎ回るニノを横目で見ながら一人、いくら飲んでも回らない酔いを求めて酒をあおった。
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